決  闘

                            〈2〉 





カトリーヌが侍女の案内で部屋の入口に立ったとき、中には、美しい貴婦人と、二人の貴公子と、そしてクルクル巻き毛の少女がいた。
女二人が頭をつきあわせ、真剣に手紙を書いており、その様子を少年二人が興味津々の面持ちでながめている。
とりあえず騒ぎはおこっていないようだ。
オルタンスの心配は杞憂だったのだ。

カトリーヌの来邸を告げようとする執事を制し、しばらく扉の影に身を隠し、様子を見守っていると、ジョゼフィーヌができあがった手紙を侍女にことづけた。
その侍女が出てくるのを合図にカトリーヌは執事に目配せした。
執事は
「カトリーヌさまのお越しでございます」
と告げた。

室内の人間が一斉に入口を見た。
「ごきげんよう、ジョゼフィーヌ。突然お邪魔してごめんなさい」
「お姉さま!まあまあ、どうなさいましたの?」
「けさほどローランシー家にご挨拶に伺いましたら、ル・ルーはこちらだとお聞きして…。随分お顔を見ていないから、どうしても会いたくて追いかけて参りましたの」
ゆっくりと皆の座る方に歩きながら、カトリーヌは鷹揚に答えた。
そしてル・ルーの椅子のそばに立ち優しく声をかけた。
「お久しぶりね。ル・ルー。随分大きくなったこと…」
ル・ルーはしげしげと叔母を見つめた。
それからジョゼフィーヌに目をやり、もう一度カトリーヌに視線を戻した。
「カトリーヌ叔母さま。こんにちは」
ピョンと椅子から降り、先ほどジョゼフィーヌを丸め込んだ見事な作法で挨拶した。
「とっても上手にご挨拶ができるようになったのね」
カトリーヌは優しく笑った。
その瞳には値踏みなどというものは全く存在せず、素直な賞賛のみがあった。
ル・ルーは吸い込まれるようにその微笑みを見つめ、そして自分も笑った。

「お手紙を書いていらしたの?」
カトリーヌに問われ、ジョゼフィーヌは少しバツ悪そうにしながら、答えた。
「オスカルからの手紙への返事ですわ」
「まあ、ではようやくあの子からお手紙が届いたのですね。随分怒っていたようでしたけれど、それはよろしゅうございましたわね」
「いいえ、それがとんでもない内容で…!」
ジョゼフィーヌがきつい口調で言った。
姉が見開いた眼をしっかり見返して、ジョゼフィーヌはオスカルから来た手紙の内容と、自分がこの目で見たル・ルーの様子を語った。

やれやれ、と思いながらカトリーヌは身近にある椅子に腰を下ろした。
いったいいくつだと思っているのだろうか、この妹たちは…。
小さい頃と全く変わっていない。
五女と六女がそろって30歳過ぎて少しも成長していないなんて、恥ずかしいと思わないのだろうか。
いや、思っていればしないはずだから、きっと精神年齢が極めて近く、また発達具合も相似していたのだろう。

カトリーヌはゆっくりと口を開いた。
「これはオスカルがいけませんね」
ジョゼフィーヌが喜色満面の顔で力強くうなずいた。
「そうでしょう!ああ、お姉さまならきっと分かってくださると思いましたわ!」
「このような形で王子さまのお名前を上げるのは極めて失礼なことです」
「そうですとも!」
ジョゼフィーヌの声に一層力がこもる。
隣でル・ルーも大きく首を立てに振って同意を表明していた。
「オスカルらしくありませんね」
「そうでしょうか、あの子はいつだってこういう手を使っていましたわ」
不満そうにジョゼフィーヌが口をとがらせる。
「よほど忙しくて疲れていたのでしょう。パリで倒れたという話も聞いています」
「疲れているからってこの手紙の理由にはなりませんわよ」
ジョゼフィーヌの厳しい口調にル・ルーは拍手せんばかりである。
「三部会開会まであとわずか。どんなに神経が張り詰めていることでしょう。かわいそうに…」
「それも理由になりませんわ」

カトリーヌはジョゼフィーヌの眼をじっと見つめた。
「充分な理由になりますよ。あなたは病気のオスカルのもとに怒鳴り込んだそうですし、ル・ルーは、前回の滞在のとき散々事件を巻き起こしてしまいましたからね。もちろん、ル・ルーの場合はわざとではないし、ル・ルー自身も被害者であったと承知しています。
ジョゼフィーヌが色々とオスカルに対して思うところがある理由もわかっています。ただね、わずかの気のゆるみも許されない状況で、必死に気を張り詰めているオスカルが唯一くつろげる所がジャルジェの屋敷だとしたら、どうでしょう。できるだけそこを平穏に保ちたいと願うのは人情だと、わたくしは思いますよ」
カトリーヌの口調は決してジョゼフィーヌやル・ルーを咎めているのではなく、あくまで優しく諭しているのみで、二人は反論をやめ静かになった。

「マリー・アンヌお姉さまが、おっしゃいました。王家のお血筋の貴族から亡命先を探す声が出始めている…と」
ジョゼフィーヌが
「まあ!」
と口を両手で押さえた。
「三部会はパンドラの箱だったのかもしれません。王室やわたくしたち貴族にとって決して開けてはならない…。けれどすでに国王陛下の決定がなされました。箱から何が出てくるのか、わたくしにはわかりません。けれどもたとえ何が出てきても、それを正面から受け止め、時にそれと戦わねばならない立場にいるのがオスカルなのです。わたくしたちはせめてオスカルが静寂のときを手にする妨げにだけはなりたくないと思いませんか?」

アンリとシャルルの興味津々だった顔つきが、すっとひきしまり、カトリーヌの顔を真っ直ぐに見つめていた。
ル・ルーもめずらしく真剣な表情になっていた。
ピンと張り詰めた空気がが部屋を支配した。
「わかりました」
ジョゼフィーヌが静かに言った。
「おっしゃること、いちいちごもっともです。もうあの子は昔のオスカルではなく、軍隊を率いた戦士なのですね。近衛の時とは違って実際に戦場に行くかもしれない部隊の…」
その声には長らくの戦友を案じる真摯な心がこもっていた。
カトリーヌは優しく妹を見つめ、微笑んだ。
「何十年、あなたに鍛えられて、とても頼もしい戦士に成長しておりましてよ」
「まあ、お姉さまったら…!」
一同はそろって笑った。

「でも、わたくし手紙をもうやってしまいましたわ」
困ったようにジョゼフィーヌが言った。
「どうせあなたのことだからアンドレ宛に書いたのでしょう。それなら大丈夫。それにやっばり今回のことはオスカルにも非があるのですから、少しは反省してもらいましょう」
姉の言葉にジョゼフィーヌは嬉しそうにうなずき、それから明るく言った。
「ああ、そうそう、とてもおいしいお菓子がありますのよ。さあ、お姉さまもご一緒に召し上がってくださいまし」
ジョゼフィーヌは侍女とともにいそいそとお茶の支度を始めた。
「さあ、これで一件落着ね、アンドレ。なんとか決闘にはならなくてすみましたよ」
心の中でつぶやいたカトリーヌは、両頬を膨らませて菓子をほおばるル・ルーを見て声を出して笑った。

                                                     おわり