愛することは善か?
人は時に、愛するが故に罪を犯す
いや 違う
罪を犯すようなものは愛とは言えない
やはり愛は善だ
そして自分が抱くこのどうしようもない思いはきっと愛ではないのだろう
執着か?
依存か?
だが、もしオスカルを愛する人と呼べないならば、きっと自分は一生誰をも愛しているとは言えないだろう
オスカルの存在は自分の中で常に最上位にある
それが愛であろうが執着であろうが、はたまた依存であろうが…
では…
それはオスカルにとってどうなのか
愛であれ執着であれ依存であれ、オスカルには迷惑以外の何物でもないのではないか
もし迷惑なのだとしたら
自分はオスカルのそばにはいられない
どんなに辛くともオスカルの幸せを願っていたい
自分が離れることがオスカルにとって幸せだとオスカルがいうならば
自分はこの存在を消さねばならない
徹底的に
完全に
アンドレがそういうことを考えながら床についた夜は、たいがい目が冴えてしまい、そのまま明け方を迎えることになる。
当然仕事は集中できず、そこを無理矢理動こうとして、顔つきが険しくなり、誰も近づいてこなくなる。
アンドレのしけた顔は、なまじハンサムなだけに目立つ。
だから、こういうときのアンドレには近づかない方が良いという暗黙の了解が衛兵隊の連中にはあるようで、誰も寄ってこない。
申し訳ないと思いながらも、その了解に甘えさせてもらっている
ところが、この了解などまったく理解せず、容赦なく寄ってくるものが衛兵隊には2人いる。
1人はアランである。
アランはアンドレの状態を察していながらわざと挑発してくる。
「女にふられたときはな…」などとおためごかしに近づいてくる。
以前銃をぶっ放してやったこともあるのに、めげないやつだ。
ひょっとしてアランは俺に依存しているのか、と思うことさえある。
同病相憐れみたいのか。
迷惑千万だが、案外可愛い奴なのかもしれない。
そしてもう一人は…
オスカルその人だ。
距離を置こうとして、わざと違う部署に行ってみたり、食事の時間をずらしてみたりするが、めざとく見つけられ叱責される。
「アンドレ、このばか野郎!どこで油を売っていた?!」
オスカルはきれいな顔に似合わぬ罵声を浴びせ、山のような仕事を押しつけてくる。
アンドレの機嫌など知る由もなく、というか、知る必要も無いのだろう。
こんなに近くにいてそこまで無視できるのは、ある意味すごい才能だとすら思う。
この前、それでもそばに行かないようにしていたら、わざわざジャンとミシェルが探しに来て、頼むから隊長のお守りをしてくれ、機嫌が悪くてかなわない、と泣きつかれた。
寝不足の身体に鞭打ってオスカルのそばに戻ると、今度は叱責ではなく、静かな怒りが待ち受けていた。
つまり、口をきかないのだ。
無視しているわけではない。
無言で机上の書類を一瞥して、整理しろと言わんばかりの態度であったり、つかつかと扉に向かって歩いていったのに、自分で開けずに、アンドレが開けるのを待っていたり…。
そこにアンドレがいることもわかっていて、アンドレに用事を指示しているのに、にもかかわらず、一言も話さないのだ。
こうなるとアンドレはかいがいしく世話を焼くしかなくなる。
書類はすべて目を通し、重要度別に分類。
扉を開けるや、先に走り出して馬車の用意。
帰って来たらぬるめのショコラを入れてやったりもしてしまう。
無言のオスカルにせっせと尽くし、いつのまにかオスカルが口をきき始める。
結局、こんな日常がずっと続いている。
アンドレがオスカルを押し倒そうと、あるいは毒を盛ろうと、この日常は変わらない。
これはどういうことなのか。
こんな関係が普通の主従でないことはわかる。
もちろん普通の幼なじみでもない。
だが、恋人でもなく家族でもない。
もちろん許婚者でもない。
許婚者は別にいる。
フローリアン・F・ド・ジェローデルその人だ。
オスカルは適当にあしらっているようだが、何せジャルジェ将軍が決めた相手ならば、いつまでも抵抗できるわけではないだろう。
彼は、妻を慕う従僕を雇うだけの寛大さはあると言ったが、決めるのはオスカルだ。
そして、オスカルがアンドレを不要と思った瞬間に、アンドレの存在理由は消失する。
今のところ、オスカルはアンドレをこきつかい続けているので、不要というわけではなさそうだ。
色々なものが形をなさないまま、日々が過ぎていき、今朝になってオスカルがパリの留守部隊に出向くと言い出した。
なにかと部下任せにできない性分なのだ。
不穏な情勢のパリに危惧を感じつつ、アンドレは黙々と馬車の用意に勤しんだ。