巡り巡りて



                   (3)     
 

                                      mokoさま 作




俺はずっと待っている、前世も現世も。
なぜ、俺達が覚醒しているのか不思議だ。いや、正確には彼女以外。

「旦那様はいつからだったのですか?」
「私はあれと出会う三か月ほど前だった。出会った時あれは覚醒していなかっ
た・・・それでもまた夫婦になれたのだ。お前もあきらめるな」
「はい!!」
「それから『旦那様』はやめろと言ったではないか。私たちは父子なのだか
ら。私は生まれた時からお前がアンドレと分かっていた。そしてあの時失った
『息子』が戻って来たと喜んだのだから。前世でも私が育てたと同じだった
が、けしてオスカルと同じようには接するこが出来ない、許されなかった。本
当ならオスカルの婿として迎えたかった・・・だが・・・」
「もう、それは仰らないでください。あの日旦那様が屋敷の廊下で『お前が貴
族でさえあったら』と仰った時、すべてを許していただけるとわかりました。
ですからオスカルと・・・」
「うむ、夫婦になったとロザリーから聞いた。私が奪った女としての幸せをお
前が与えてくれたと感謝している」
「あ、いえ・・・」
・・・・照れくさい。普通、妻の父から聞ける言葉ではない。しかし現在俺た
ちは父子だ。母はしなやかで朗らかなあの頃と変わらない「奥様」。
前世、両親を失いおばあちゃんしか身寄りのいない俺を一人前の男にしてくれ
た。それを、たとえ「影となり守れ」と言われたとはいえオスカルとともに、
王家、ジャルジェ家を裏切った。そんな俺がご夫妻の息子として生まれ変わっ
てきたのだ。旦那様は相当困惑なさっただろう。





五年前、29歳になる年の2月、ひどく熱を出し救急車で病院に運ばれた。何
日眠っていたのか『生死をさまよった』と、当時付き合っていた女性が泣きな
がら話してくれた。

夢の中で俺は森真澄ではなく『アンドレ・グランディエ』として18世紀のフ
ランスで生きていた。フランスの歴史を詳しく勉強していないのに、かなり鮮
明に人物も生き生きとしていた夢だった。
始まりは星のきれいな夜、美しい人に口づけをするところ。あるところから音
だけの夢となり、激しい痛みと指先に感じる柔らかい愛しいものの感触を最後
に現実に戻ってきた。

目を開けると彼女が泣き笑いの顔で立っていた。その時はまだ熱でうなされた
のだと思っていたが、徐々に前世の記憶がよみがえり自分が『アンドレ・グラ
ンディエ』の生まれ変わりかと思い始めていた。
そこへ見舞だと実家から両親がやってきて父の顔を見た瞬間、俺の口から出た
言葉は『旦那・・様・・・?』。
母はまだ熱が高いのかと痛ましそうに俺の顔を見て泣き出した。父は小さく頭
を横に振ると(あとで・・・)と唇で話した。
その瞬間、一気に覚醒した俺は眩暈に襲われ頭を抱えた。

「必ず覚醒すると信じていた。お帰り、アンドレ」
「旦那様、申し訳ありません。オスカルのためとはいえ旦那様の信頼を裏切る
ような・・・・」
「私たちは父子ではないか、生まれてからずっとな。覚醒したからといってそ
れが変わるわけではあるまい。いままでどおり『父さん』と呼んでくれ。それ
に過去は過去、もう終わったことだ・・・。
そうだ、これからも私の息子でいて我々を看取ってくれることが過去の償い
だ。そうしてくれ・・・」
「父さん・・・。ありがとうございます・・・」
「私も覚醒する時2,3日眠った。熱もひどくてな。だがすぐに回復する、頭
の混乱は・・・お前次第だ。早く良くなれ、そして母さんのために里帰りをし
てやれ」
「はい。出来るだけ早く帰ります」
「うむ・・・帰ってくれば、いろいろ分かることも・・・あるからな」
最後に意味深な言葉を残し、父は俺のマンションを掃除している母を迎えに行
った。
母は奥様だったがこの時はまだ覚醒はしていなかった。
聞きたかった、オスカルのことを。でも聞いては行けない雰囲気だった。それ
とも旦那様もご存じないのか。頭の中を駆け巡るオスカルの面影。
さながら天に吼ゆるペガサスの心ふるわす翼にもにて・・・ブロンドの髪ひる
がえし・・・ひるがえし・・・・
会いたい!!オスカル!!お前は現世にいるのか?いるのなら地の果てまでも
探しに行ってやる。


退院してまもなく彼女に別れを告げた。
覚醒してから彼女に愛を感じられなかったが、甲斐甲斐しく世話をしてくれる
ので無碍にも出来なかった。彼女はうすうす感じていたようだが。
彼女には申し訳ないと思ったが覚醒してしまった以上、俺はオスカル以外は愛
せない。
理由は・・・ほかに好きな人が出来たと言った。間違ってはいない。いや、生
まれる前から愛している人を思い出したのだ。
どちらにしても彼女に納得がいくわけもなく、まして年齢的にも俺との結婚を
望んでいただろう。
思えばいつも付き合う女性にはなにか違和感があった。掌の感触や抱きしめた
体のぬくもりが違っていた。その理由を思い出した以上、ほかの誰とも触れ合
いたくない。
オスカルに・・・触れたい。
結局彼女は抱きつき泣きすがりその後、わめき散らし部屋のものを壊し、「最
低・・・」と俺の顔を平手打ちし出て行った。
本当に申し訳ないと思ったが、それ以降俺の心に彼女は留まらなかった。



森真澄であるがアンドレ・グランディエでもある。心の折り合いをつけるのに
苦労した。休んだ分仕事の調整もあり結局戻れたのは年末年始に有給を加えた
休暇の初日、クリスマスだった。

「誕生日に真澄兄に会えると思わなかった〜!!」

実家の玄関を開けると幼馴染の「篠塚 香」が飛びついてきた。俺の鼻をくす
ぐるその髪の香り、しなやかな腕、抱きとめた細い腰・・・。
「オ・・スカ・・ル・・・」
「なに?にぃ、なにか言った?」
「いや・・・・」
彼女の後ろに立っていた父は神妙な面持ちで大きく頷いた。やっぱり『オスカ
ル』!!
「香、それじゃ真澄がいつになっても上がれないよ。真澄、お帰り」
「あっごめん。にぃ、荷物それだけ?持ってあげるわ」

居間でたわいもない話をしていたが俺は香から眼が話せなかった。
思いがめぐる。なぜ今まで気付かなかった?しかしよかった、現世も近しい間
柄だった。
そうだ、前世俺たちは夫婦になったのだったな。あぁいますぐ抱きしめたい。
でも、お前は覚醒していないから困惑するか?いや、幼馴染だからその位・・
・。

香はこれから28歳の誕生祝いを出来たばかりの彼とするからと、うれしそう
に帰って行った。
そうだ、俺にだって彼女がいたのだからオスカルにそれがいてもおかしくな
い。まして彼女は覚醒していないのだから。子供のころから何度も恋の悩みを
聞かされ続けたじゃないか。

その夜、父が晩酌をしながら俺が死んだあとのことを話してくれた。翌日オス
カルはバスティーユで弾丸に倒れたこと、ロザリーが、俺たちは夫婦になった
のだからと一緒に埋葬してくれたこと。謀反人となってもわが子への思いは変
わるまいとジャルジェ家へ埋葬場所を教えてくれ奥様を慰めてくれたと。そし
て、俺たちが命をかけた革命のその後・・・。
その夜、ずっと『真澄』として幼いころから過ごしてきた部屋で一晩中泣いて
しまった。父の話の衝撃も大きかった、だが・・・。
俺のオスカル、なぜ俺は今まで気付かなかった。そのせいでほかの男のものに
なってしまった。もう間に合わないのか・・・。

その年の旅行は仕事と偽って行かなかった。東京へ戻る時父から「気を落とす
な、諦めるな」と言われた。
会社を辞め、東京を引き払おうとしたが簡単には実行に移せなかった。
オスカルの、香の傍に居たい。けれど覚醒した今、他の男に抱かれる彼女を見
たくはない。しかし何としても俺の腕の中へ取り戻したい。そんな葛藤を繰り
返しながら仕事に追われてしまった。

この五年、まめに父と連絡を取り様子を聞き、香と何かにつけメールをやり取
りするようにした。いつの時代も俺は臆病なのか?
結局、俺は森真澄としてアンドレの心も持ちながらオスカルを見守る日々を過
ごすことしか出来なかった。



『あれの元気がない』と旦那様、もとい父から告げられたのは34歳の誕生祝
いと車の購入の相談に両親がよこした電話の最後だった。すぐに帰省がかなわ
ず、とりあえず香に連絡を取ろうとしたら先にメールが入った。
《真澄兄、誕生日おめでとう!!元気?》相変わらずかわいい幼馴染だ。
《香、ありがとう。なかなか帰れないけどお前も元気か?》
《うん、彼氏と別れたけど・・元気よ・・・でもにぃに慰めてもらいたい
(T_T)》

とりあえず慰めの言葉をいくつか打ちメールを終わらせた。
抱きしめて慰めてやりたい。今度こそ俺のものに。だけどすぐには行けない。
前世はあんなに近くにいられたのに・・・。でも少し安心した俺がいた。
ふと、フェルゼン伯爵とオスカルのことが頭をよぎった。もしかして別れた彼
はフェルゼン伯爵か?そうでないとしてもあいつのそばにフェルゼン伯爵の生
まれ変わりはいるのだろうか、そしてほかの人たちも・・・。

やはり出来るだけ早く帰ろう。父に電話を入れ香は大丈夫だと伝え、でも早め
に帰ると言い添えた。いくら前世で親子でも今は近所の小父さん、小母さんで
しかない。『ご夫婦』の心配はよくわかる。

実際に帰れたのは紅葉が終わる頃だった。
夕食後に到着した俺は、食事がてら父と飲みに行くことにした。出掛けに母か
ら「飲みすぎないでね。お父さん最近めっきり弱くなったから」と言われ、
おまけに「香ちゃん誘ったら?」ときた。
三年ほど前覚醒した『奥様』は、俺にかなりはっぱをかける。「あの子は前世
から鈍いから、気を付けなさい」と。
前世の34歳の秋はつらい思い出が多いが真実の愛に気づいたのもこの時だっ
た。あの頃のように影となりこのまま見守り続けると決心しなければならない
のか?そんなのは無理だ。たった一夜でも俺たちは夫婦になったのだ。あの純
粋で崇高な愛は変わらないはずだ。





「・・・・・・・・・・・私が奪った女としての幸せをお前が与えてくれたと
感謝している」
「あ、いえ・・・でも、現世でそれはお約束出来ないかもしれません。なにせ
オスカルは俺を幼馴染としか思っていませんから」
「なにを言う、間違いなくあれは、お前を・・・その・・なんだ・・・。意識
しているというか。まあ本人は気がつかず、周りがすべて気付いているという
のは前世でも同じだったがな。お前を見る眼は間違いなくあの頃のオスカルの
眼だ。
香の親父と一緒に飲むと、さっさと真澄のところへいけばいいのにと言ってい
る。相変わらずオスカルはお前の優しさに甘えているだけなのだ。大丈夫、必
ず添い遂げられる。私たちだってこうして夫婦になりお前が生まれたのだから
な」
「はい、信じてみます。あの・・・私には感じないのですが、香の両親はやは
り我々に関係の会った人物なのでしょうか。それにほかにも関係の会った人物
はそばにいるのでしょうか?」
「うむ、香の両親はどうやらまったく関係のない者らしい。ブイエあたりでな
くて本当に良かった・・・ほかの人物は見当たらないが、それらしい気配はす
るのだ。しかしこちらが覚醒しているとは思って居ないのかもしれない」
「母さんが覚醒する前の兆候とかはなかったのですか」
「あぁ、覚醒する前、母さんはたまに前世の思い出を語ったが現世でも長い夫
婦生活だ、若いころの思い出は一緒になってしまうらしい。何度かカマをかけ
たが『なんですか?それ』と言われて終わりだ。まったく母娘そろって鈍いの
だ。挙句の果て、いつだったか朝目覚めたらいきなり『レニエ?』ときたもん
だ、まったく・・・」
ふふっ・・・参考になりそうもないな。
近所の居酒屋で杯を重ねるうちに父は饒舌になりいろいろと話してくれた。
『旦那様』としての思い、俺の父親としての思い。どちらも俺の成長を喜び、
俺とオスカル・香と添い遂げてほしいということだった。
あきらめるものか、そう俺の心を奮い立たせてくれた。
このまま覚醒しなくてもいい、お前をこの腕に抱きとめ生涯離さない、今度こ
そ二人で天寿を全うするのだ。
父を担いで家に帰り自分の部屋へ行くと明日へ思いを馳せた。明日、香と二人
で出掛ける。何かきっかけがつかめるといいが・・・。


納車になったばかりの車に乗り込む。送られたパンフレットを見た時なぜがジ
ャルジェ家の馬車を思い出し、父にそうつぶやくと電話の向こうで小さく「あ
ぁ」と聞こえた。俺の御する馬車、今は車で香を迎えに行く。今日はどんな顔
をして俺の前に現れるのか。オスカル、お前は今誰を思っている?
まだ覚醒する前の俺と香がよくいったパスタハウスで食事をすることにした。
あのころ帰りのバスの中で居眠りをする香がかわいかった。きっと本部からの
帰り道、馬車の中で眠りこけるオスカルと面影を合わせていたのだろう。



「ボブは6歳になるんだって、うちのリックは5歳だからお婿さんにちょうど
いいわ。オーナーに聞いてみようかな?」
「リックに子供がほしいのか?ラブは多産だから大変じゃないか」
「いいの、なにか仕事以外で夢中になれるものがほしいから」
ペンネをフォークで転がしながら言う。リックは篠塚家の愛犬で香と俺によく
なついている。
「お前が面倒見切れるのか。手放すまで満足に出掛けられないし、また彼氏居
ない歴が伸びたなんて泣きついても知らないぞ?」
「彼氏なんかいらない。いなくても充実してるし」

精一杯元気そうに振舞っているが、今日はおかしい、愁いのような言葉尻と表
情。夏の失恋を引きずっているのだろうか・・・やはりフェルゼン伯爵だった
のか。

「そうか一人で充実しているのか。それじゃあ結婚は諦めるんだな」
「結婚なんかしない。一生独身でいる。そうだ!にぃ、私の最期看取って
ね」
「馬鹿なことを言ってるな!だいたい女のほうが長生きだ。年上の俺が看取っ
てもらうんだ・・・」

言った瞬間、テュイルリー宮広場での感覚が思い出され頭が痛んだ。

「にぃ、どうしたの?大丈夫?顔が青い・・・」
「すまない、昨夜父さんと飲みすぎた・・・久しぶりだったからな」

そう言う俺を心配する香もかなり動揺していた。本人は気付いていないようだ
が・・・。

・・・・「ずるい!私も行きたかった」
「たまには父子水入らずってのもいいだろ、今度連れていくよ」
冗談じゃない、三人でなんて・・・。前世の舅と妻と、現世の父と幼馴染と・
・・酔えるわけがない・・・。


「それで、その後輩は有能なのか?」
「うん、初めは手がかかってどうしようもないと思ったけど、最近は人が変っ
たように生き生きと仕事してる・・・」
「そいつ、仕事をする目的が出来たんだろうな」
「そうね、自信がついたみたい。でも・・・まだ子供よ」


久しぶりに他愛もない話をしたがいろいろ分かったことがあった。間違いな
い、会社の後輩はアランだ。
そして香の様子の原因は長年の片思いとの決別だった。前世、フェルゼン伯爵
に淡い恋心を抱き必死に隠していたオスカルそのままにその男に恋していたの
だろう・・・では、こっちがフェルゼン伯爵の生まれ変わりか?
眼の前で泣いてしまった香を抱きしめたいがテーブルが二人の今の距離を示し
ていた。物理的だけでもいい、早くこの距離を縮めなければ・・・。

「・・・・・・・憂さ晴らしに行くぞ」
「うん」
ここから連れ出し、思い出の場所へ。学生時代、試験が終わると必ず二人で行
ったゲームセンター。今はカラオケのほうが幅を利かせているがバッティング
マシーンやビリヤード台まである。気が済むまで遊んで発散した。

香の頭をくしゃくしゃと撫でると、いつもの笑顔を俺に向けてきた。
「あー楽しかった。ねぇ、まだ時間大丈夫?」
「あぁ、今日は一日お前のために開けてあるから。どちらへまいりましょう
か?お嬢様」
「なんだか真澄兄、似合ってるわ。その言い方」
それはそうだ、俺はお前の従僕だったのだから。
甘えるような瞳で俺を見つめる香、今はまだ一人になりたくないと訴えている
ようだった。

香、本当にごめん。子供のころから傍に居たんだ、俺はなぜ東京にいった?俺
が仕事を理由に違う男を思うお前から遠ざかっている間に、お前は傷ついてい
た。あっという間に5年が過ぎていたんだ、いったい俺は何をしていたん
だ!!

空は橙色と藍色に染まり昼と夜の境を指していた。翌日、俺は行動を起こし
た。香とオスカルのために。









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