…
(4)
mokoさま 作
今回の休暇は週末に絡めて3日間、時間がない。とにかく香の会社の前へいっ
た。香は内勤だから休憩にならないと社外には出てこないはず。それをいいこ
とに俺は(たぶん)アランを待ち伏せすることにした。あいつが覚醒していれば
必ず声をかけてくるだろう。
香ははっきりと言わなかったがなにかあったらしい。前世強引な方法しか取れ
なかったあいつも多少大人になっていればいいが。
しかし、アランまでオスカルのそばにいるとは思わなかった。この分ではほか
にも現世に生まれ変わっている人物がいるのは間違いない。そう、俺のそばに
はベルナール・シャトレがいたぐらいだから。
帰省前、大学からの親友が転勤で東京に戻ってきたと家に招いたくれた。そこ
には、姿形は久しぶりに会った親友なのに間違いなくベルナール・シャトレと
認識できる男がいた。
やつはとっくに覚醒していてロザリーをちゃんと娶っていた。驚くことにロザ
リーは結婚前に覚醒していたのだ。
「アンドレ、きっとオスカル様はあなたの胸に飛び込んでくるわ。信じて大丈
夫よ。どうしたら覚醒するかは私にもわからないけど・・・」
「ロザリーはきっかけがあったのかい」
「それは・・・恥ずかしいわ・・・」
「俺とはじめて口づけをした時だ。急に眼を見開いて『ベル・・ナール・・
・』と問いかけてきた。なに、覚醒しなくてもお前のことは妻にしたさ」
「もう、ベルナールったら」
くそ、見せつけやがって!!
乱暴にたたかれた新車のウインドをイラっとしながら下げるとそこには懐かし
い顔があった。いや、かわいげのない弟分の顔が。
「おい、今頃来たか?お前にしては遅かったじゃねえか」
アランのやつ、ずいぶん偉そうじゃないか!
「あぁ、お前だと気付いたのは昨日だ。覚醒は5年前だがな」
「俺は一年ほど前だ。俺よりずっと早いのに何やってたんだ」
「仕事は?時間がとれるか?」
「あぁ、このあと二件商談が入っている。たぶん3時過ぎには空くが・・・な
にか用か?」
「俺の顔を見て今さらなにを言ってる、相変わらずケツが青いな。オスカルを
取られたくないか?」
「そんなんじゃねぇ、俺は忙しいんだ。くだらない用なら時間は作れない」
「情報交換は必要だと思うが。俺にとっても、アラン、お前にとっても」
「俺の名前を覚えていたか、アンドレ。あの人には知られないほうがいいだろ
う。今のあの人にとって俺たちはなんの接点もない関係なんだからな」
「分かった。これが俺の携帯だ。終わったら連絡をくれ。それまでほかに気に
なることを片づけてくる」
「じゃぁ」「あとで」
昔のまま、天邪鬼のアランだった。やっぱり東京なんか行くんじゃなかった。
香から「三人」のことは聞いていた。学生時代に知り合い、青春のすべてを
「彼ら」と過ごしてきたらしい。真澄の知っている限り楽しい思い出ばかりを
香は語ってきた。しかし、思い起こせば「彼」への思いを隠していたのは感じ
られてもよかったはずだ。
今さらだが真澄としても香を幼馴染以上に思っていたのに、覚醒していなかっ
たとはいえあまりに能天気だったな、俺。
この癖っ毛を何とか操ってくれるのは行きつけの美容室以外にはないのだがこ
こは香のためを思って俺の髪をささげる。
「お客様、短くなさってもお似合いかと思いますが・・・」
と、美容師に言われた瞬間・・・
「あぁこの方は僕の友人の『ご主人』だから大丈夫。仰る通りそろえる程度で
構わないよ。ねえ、(アンドレ)」
あぁ、やはりフェルゼン伯爵。覚醒されている。
「終わったら、僕のオフィスにお通しして」と言って消えた。
美容師に話しかけられていたようだが、俺は全く別のことを考えていた。
そうか、もう一人、「彼女」はアントワネット様か。だとしたら香の入る余地
はない。俺さえもっと早く覚醒していたら悲しませることはしなかった。な
ぜ、5年前なのだ。彼女が覚醒しないならなおさら俺がそばにいるべきだっ
た。それなのに俺はその後も見守るしかできず・・・。
「やあ、やっぱり来たね。香からすべて聞いたかい?私にはどうにも出来なか
ったのだよ。罵ってくれて結構だ」
「オスカルの・・・香の気持ちにはお気づきだったのですか?」
「覚醒する前からなんとなく・・・ね。ただ学生時代から「彼女」は必ず香を
そばに置きたがった。そうであろう、お互い覚醒していないが魂は求める。お
互いは現世でも親友でいた。
だが覚醒してしまった私はもう、ほかの誰も愛せない。きみだってそうだろ
う、だからここまできたのだろう?
香がはっきり私に愛を告げる前に気付かせたかった。覚醒した「彼女」は少々
困惑していた、友情が壊れてしまうのではと。「彼女」は前世と同じく「香・
オスカル」の私に対する気持ちに気付かなかった、だから香が覚醒する前に自
然な形で私たちの関係を知ってほしかった。前世のように完全な別離は味わい
たくなかった。友人としていたかった。
なのに、まさかあそこですれ違うとは思わなかった、いや私は望んでいたのか
もしれない・・・。現世も同じなのだな、もう会えない・・か・・・」
俺は何も言えなかった。ただ、前世よりただ一人の人を愛するという宿命には
逆らえないというフェルゼン伯爵に同調した。俺だってオスカル、お前を愛す
ることを止められない。
思ったよりも早く携帯が鳴り、アランと隣町のカフェで落ち合った。
「野郎とこんなところは来たくなかったが、酒を飲む時間には早いしな・・
・。どこへ行っていた?」
「オスカルと香の初恋の相手に会いに。前世スウェーデンの貴公子、フェルゼ
ン伯爵だ」
「あぁ、王妃の愛人か」
「そう言うな、お会いすればどちらも素晴らしい方だ」
「へん。んで、その伯爵さまがあの人を弄んだんで仕返しに行ってきたって訳
か?」
「いや、そんな卑怯な人ではないさ。ただ、確認したかった、転生したその人
なのか。それよりお前今度は強引に迫ったりしてないだろうな。なにかあった
らしいじゃないか」
「ふん・・・。頼りない顔を・・・してたんだ、泣きはらした目で仕事をして
いた。懸命に仕事に打ち込んで・・・前ならいつだって影に背の高い従僕が控
えていて支えてたのに。だから俺が代わりになれればと・・・結局、今も
『俺』じゃないとさ。お前の顔が浮かんで『あいつか?』と思わず口にしてし
まったが覚醒していないから違う人間を思ったらしい。それで終わり、今はい
つもの後輩として過ごしているよ」
「そうか、悪かったな。その時がフェルゼン伯爵への片思いが終わった頃だっ
たんだろう。俺がもっと早く覚醒していたら、東京になんか行かなかったの
に。そうすればそのときだって支えてやれたのにな」
「それで、覚醒しそうな気配はないのか?」
「あぁ、時々過るらしいが本人は気付いていない」
「そうか・・。あぁひとつ忠告しておく、同じ会社に前世あの人の婚約者にな
ったやつがいる。覚醒はしているか微妙なところだが、名前はなんといった
か?近衛のやつだ。香さんにかなり嫌われているがな、ハハハ」
「なに、ジェローデルが!!で、どんな様子だ」
「だから、あの人はかなり嫌っているさ。食事だ、映画だってちょっかい出し
ているが鼻にもかけてもらえない。出鱈目な噂を流してはみるが誰も相手にし
ていないしな。なに、心配ない。第一お前ら前世で夫婦になったんだろ。かみ
さんを信じてやれよ」
「あぁ、・・・おい、誰に聞いた?その・・俺たちが夫婦だってこと・・・ま
さかオスカル・・」
「あの人はお前が死んだあと朝まで棺に寄り添っていたし、皆の前でひとしき
り泣いただけだ。それを知ったのは、アンドレ、お前が死んだ日知り合ったベ
ルナール・シャトレのかみさん、ロザリーからだ。死ぬ間際あの人がロザリー
に囁いたそうだ。傍にいた俺には全く聞こえなかった、聞きたくなかったのか
もな・・・。
くそ、なんでこんなこと言わなきゃなんねえんだ!!」
「ロザリーか。あぁ、今ベルナールは、俺の大学からの友人だ」
「そうか。ベルナール、会いたいな」
「オスカルさえ覚醒してくれたらすべてが引き合うのだがな」
「なに、おまえが動き出したんだ。そのうちそんな時も来るさ。覚醒しないな
ら・・・しっかり捕まえておけ。危なっかしくてみてられねぇ」
「大丈夫、そんな時は『新井君』が助けてくれるだろ。まぁ、俺もそばにいら
れるよう考えているところだから。しばらくは頼まれてくれ」
「ふん、同じ部署にいれば見ないわけにはいかねーだろ。ところでアンドレ、
今お前香さんの何なんだ?」
「俺か?相変わらず幼馴染だよ・・・」
アランとまめに連絡を取れるよう約束し、香には会わず家に向かった。
両親に俺は父の後を継ぐと告げ、今度こそ東京を引き払い、こちらへ帰る準備
を始めるため実家をあとにした。
『あの二日間』から二カ月。「彼ら」とは連絡を取っていない。あちらからも
連絡が来ないということは、意図的ではなかったにしてもすれ違ったのは気付
いている。
新井は精力的に仕事をこなしている。新年度には主任、いや、もしかすると課
長くらいにはなるかもしれない。そして、私たちは何もなかった、忘れたの
だ。
真澄兄に会ってから精神的に落ち着いたのか、生活は順調。まだ恋をしたいと
は思えないけど、にぃがいつも私を見ていてくれると言っていた。だからもう
何でもできる、にぃはそんな勇気を与えてくれた。
そして、なぜか毎日にぃのメールを待っている私が居る。
休日、愛犬の散歩中に真澄兄のお父さんと会った。小父さんは昔イケメンだっ
たと思わせるシルバーグレイの紳士、にぃも将来はこんな感じになるのかな。
「おぉ、香。散歩か?寒くなってきた、今夜は雪かもな」
「そうね、小父さん風邪ひかないように気をつけてね」
「小父さんにまで気を使ってくれるとは、香は優しいな。そういや、そろそろ
誕生日か、いくつになる?」
「やぁね、小父さん。女性に歳は聞いちゃだめよ、うふふ。明後日、33歳に
なるわ」
「そうか33か。やはりだめなのか・・・」
「えっ・・なにが?」
「あっ、いや・・・まだ嫁に行かないのかと思ってな」
「お父さんと同じこといってる。ずっとお嫁には行きません!。ねぇ小父さ
ん、にぃはお正月前に帰ってくるんでしょう?」
「あぁ、その予定だと思ったが?そのうち香にも連絡があるんじゃないか」
「うん・・・明後日はにぃ、仕事だよね・・・?」
「ああ、26日から休暇に入ると言っていたが・・・連絡してみたらどうだ。
どうせあいつのことだ暇にしている、誘ってやってくれ」
「うん!そうする。ちょっと相談もあるし」
よかった、まだにぃに親へ紹介するような彼女はいないようだ。真澄兄に会い
たい、会って話がしたい。会えればこの不安は拭い去れるような気がする。
ほかの人にしたらおかしくなったと思われるかもしれないけど、ここのところ
おかしな夢をみてばかり。そう、あの『声』が聞こえた日から。あまりにリア
ルで怖いのだ。そして目覚めると不安な気持ちが広がる、何かを失いそうな。
昨夜の夢はぼんやりとした明りのなかで男の人に抑え込まれる夢。怖い・・
・。でも、その人が嫌いなわけじゃない。なぜ?・・・自分の気持ちが複雑す
ぎて理解できない。眼が覚めると涙で枕が濡れていた。すごく悲しい訳じゃな
いけど、辛くないけど・・・その男の人の気持ちが伝わってきて妙に泣けた。
《にぃ、いつ帰ってくる?》 そうメールがあったのはマンションを引き払っ
た日だった。
《お前の誕生日には帰れるよ》と送ったが《そう、気を付けてね》としか帰っ
てこなかった。もう祝ってくれる人が出来たか?アランは変わりないと言って
いるがあいつは男女の仲にはかなり疎い。その辺はあまりあてに出来ない。
年内で会社を退職したいと室長に申し出た時、惜しまれはしたがあまり反対さ
れなかった。覚醒してから、ぼんやりと考え込むことが多く、ここ最近大した
研究成果も出せずにいた。あの熱の後遺症かと噂になっていたらしい。厄介払
い出来てよかったというところか。どちらにしても父の会社を継ぐとなればど
こからも文句は出まい。
二晩ホテル住まいになるがそれもなかなか快適だ。ベルナールとロザリーが心
配だとホテルに寄ってくれた。
「いよいよね、アンドレ」
「あぁ、ロザリー今までありがとう。親身になってくれて」
「当り前よ、だってオスカル様の大切な人ですもの。アンドレ、オスカル様を
お願いします。きっと覚醒されるわ、それまでの辛抱よ」
「アンドレ、なにか力になれることがあったらいつでも連絡をくれ。アランと
も連絡が取れるようになったし。なに、18世紀のパリとアラスの行き来から比
べれば距離はそれ以上でも時間は当時の比ではない。すぐに駆け付ける」
「ありがとう。覚醒するまで見守ってもらっていたのにこんなに・・・」
離れがたい友人がここにいた。前世こうして別れを告げる前に逝ってしまった
俺たちをここまで心配してくれる。今度は絶対に幸せになってみせると誓う!
こんな地方ではあるが父が立ち上げた会社はそれなりに名が通っていた。
父は代々続いてきた由緒正しい家柄というプライドを初めて捨てた人間として
親族のなかで異端児扱いされていたが、俺からすれば家柄に忠実なあの旦那様
が・・・というところだった。
だがオスカルがそうであったようにご自分の魂に忠実だっただけだと思う。戦
前ならともかく、この21世紀に家柄という古びたものを後生大事に抱えるこ
とこそ一族の苦悩となるのではないだろうか。ただし、父も俺も覚醒しなけれ
ば考えはまた違ったものだったかもしれないが。
副社長就任は新年度とし、年明けから父の秘書として勤務も決まっている。不
安はあるがそう言ってもいられない、香を迎える準備と思えばいい。
とにかく、帰ると決めた以上早く帰り香のそばにいきたかった。明後日から俺
はなにがあってもそばにいる。オスカルと香のそばに。
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