巡り巡りて



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                                      mokoさま 作




「にぃ、お帰りなさい。今度はいつまで居られるの?」

仕事を終え新幹線に飛び乗り、真澄兄は帰ってきてくれた。相変わらず優しい笑顔を向けて誰よりも、どの言葉より先に『誕生日おめでとう』と祝ってくれた。
でも今日は最近の夢の所為か、切なくなり胸が締め付けられる。それを悟られないよう明るく話しかけた。

「ん、ずっと。帰ってきたんだ、こっちへ」
「え・・・帰って・・・?」
「そう、東京は引き払った。来年から父さんの秘書をする。お前もうちの会社に来るか?」
「にぃ?これからはこっちに居てくれるんでしょ?」
「ハハハ。なに、冗談だ。とにかく、もうずっとこっちに居る。なんでもお前の言うことを聞いてやれるぞ」
ん?なんだか真澄兄、子供みたいに帰ってくるのがうれしそうにはしゃいで・・・。

真澄兄と小父さんはとてもいい関係だと羨ましかった。
無理やり継がせるつもりのない小父さんは会社と全く関係のない学部に進もうとしているにぃを咎めることもなく、にぃだって小父さんを尊敬しているのか学部は違っても同じ大学に入ろうと努力していた。
いつ頃だったか小父さんによそよそしい態度をとっていたが離れて暮らしている所為だったと思う。
だから今回にぃが会社を継ぐという話はさしておかしくはなかった。

それより、にぃが帰ってくるということが今まで以上に私の心に喜びをもたらしたほうが驚きだった。
なぜこんなにうれしいのか、心躍るとはこんなことを指すのだろうというほど胸が高まった。
秋の失恋もあったし、今日は私の誕生日だからそう感じるのかもしれない。

去年は彼氏に高級ホテルを予約させて誕生日とクリスマスをしたが今年ほど楽しい気分にはなれなかった。今年は森家とホームパーティー。お母さんと私と小母さんが腕によりをかけて作ったご馳走?を囲んでみんなの話が弾む。でもお母さん、カラオケ教室の話はやめて。

「お父さん、やだ、飲みすぎよ。小父さんも」
「香、たまにはいいじゃないか。森さんと飲むのは久しぶりだ、真澄君も帰ってきたしお祝いだよ。お前も飲めばいいじゃないか」
「そうだ、香も飲め。おぉそうだ、篠塚さん。今度の旅行はうちの車出すから・・・・」

お父さんたちは正月旅行の話で盛り上がる。私といえばさっきから真澄兄にやんわりと止められて飲むに飲めない。それでも楽しいと思えるのだからにぃの存在は大きいのだ。お父さんと小父さん、とっても楽しそう。
「しかし、香が料理をするとは驚きだな」
「やーね、私だって一人前の女性なんだからこの位出来ます!!」
「真澄君、香は結構料理が上手なんだぞ。包丁さばきがなんとも・・・」

さっきから少し頭が痛い。夢を見るようになって、普段の生活の何気ない時にあの声が頻繁に聞こえてくる。今もまた・・・『もう二度と一人にしないで』





父は気を利かせたつもりか、それとも単に盛り上がっただけか四人で町へ繰り出していった。どうせ小母さんの行きつけのカラオケスナックだろう。
突然二人きりにされ俺はまるで中学生のように戸惑ってしまった。相変わらず、そういうところには無頓着な香はなんとも思ってないのか、後片付けをする俺を陽気に手伝っている。
まったく、体が接近するたび俺は抱きしめたい衝動に駆られ、それを抑えるのに苦労しているというのに。

「今頃だれだろ・・・」
香の携帯が着信音を轟かせ一時俺を冷静にさせた。
「やだー、大木だ。どうしよう・・・」
ジェローデルか・・・懲りないヤツだ。花束を抱えてやって来ないだけ、まだマシか?
いつまでも出ない香に俺はいたずら心も手伝って大真面目な顔で話しかけた。
身分制度の無い時代に生まれ変わってホントに良かった。

「そんなにいやなやつなら俺が代わりに出てやろうか?彼氏の振りでもして・・・」

鳴り止まない着信音、香は戸惑いながら俺に携帯を渡そうとする。

「にぃの彼女に悪いから、幼馴染でいい・・・」
「彼女は居ない」
「じゃあ、忘れられない人、居る?」





なに聞いているんだろう、私。幼馴染に聞くことじゃない・・・。でも、そんな話したことないから。
なんだろう、この気持ち。
くるしい、にぃの心がほかの人で占められているなんていやだ。
嫉妬?どうして?幼馴染なのに。「彼ら」の時だって「彼女」がうらやましくはあったが嫉妬などしたことはないと断言できる。なのにどうしてにぃの相手に嫉妬するの?

携帯を受け取ろうしたまま私の手を握るにぃを見上げる。まっすぐな深いやさしい黒い瞳に捕らわれて視線をはずせない。

・・・・・・本当は帰りたい 愛しい人の胸へ・・・・・・

あぁ、またこの声。私に話しかける『一人にしないで、置いていかないで』と。
誰なの・・・鳴り止まない携帯の着信音が、だんだんと遠くなる・・・・・・・・





『忘れられない人が居る?』その答えは香、お前だ。絡み合う視線に答えを乗せお前に届けと願う。
俺を見つめる瞳にずっと俺が映ればいいと願う。5年間見守るだけだったんだ。もういいだろう?抱きしめよう、やさしく。
そう思った次の瞬間、香が崩れ落ちる。あわてて抱きとめソファーに寝かせ、救急車かと考えて、まず鳴り止まない携帯に出た。
「香は具合が悪い、後にしてくれ」
「あなたは?なぜ、彼女の携帯に出るのですか?」
「それを説明している暇は無い」
携帯の電源を落とし香の枕元へ。額に口付けをし、救急車を呼ぶため自分の携帯を取り出す。
いよいよかもしれないという思いとなにか悪い病気かという両方が俺の感情を複雑にする。
ふと、冷たい感触が俺の手首を握る。
「・・・大丈夫。すこし頭が痛いだけ。ありがと・・・電話・・・出てくれて。にぃ・・・聞いて欲しいことがあるの」
まだ覚醒しないのか・・・。額の口付けを咎められなくてよかった。俺たちは今日本人だ、友愛の印なんていっても無理だろう。俺は恥ずかしさを隠すように香に視線を合わさず話をする。
「大丈夫か?辛くなければ何でも聞いてやるよ。どうした?」
「最近・・変な夢・・ばかり見るの。昔のフランスで生活している夢・・・すごくリアルなの。私フランスなんか・・行った事もないし・・・歴史だって学校で習った程度なのに・・・私と会話する人たちは本当に私の側で存在していたみたいに。変だと思う?私、おかしくなっちゃったのかな?」

俺と同じだ、みんなとも。間違いない、やっぱりそのときが来たんだ!!

「おかしくなんかないさ。どんな内容なんだい?」
「うん・・・。仲良しの男の子を追いかけまわして泣かしたり、森の中を駆け回ったり。大人になったその子とお酒を飲みに行って喧嘩したり。とっても利発そうな小さな男の子にキスされるとか。あと・・・笑わない?」
「なんだ、何でも聞くって言っただろ」





「うん、私ドレスを着て舞踏会に行くのよ・・・ふふっ幼稚な夢でしょ。でもすごく私は悲しいの。目が覚めると涙で枕がぬれてるの。
最近は大きな扉の向こうに豪華な金髪の人が跪いていて、中に入ると教会の祭壇に大きな棺が置いてあるの・・・それで・・・後は真っ暗」

真澄兄が唇を落とした額が熱い、けれどそのおかげで素直になれそう。
私の髪をすく手が心地よくて・・・心の中をすべて吐き出してしまおう。

「にぃ、ずっと傍にいてくれる?子供のころはいつも一緒だったよね。東京に行っちゃうなんて思わなかったのよ。もうずっと一緒よね。私はどこにも行きたくない、ずっとにぃの傍にいたい。でも、夢を見るたびに今までどおりじゃ居られなくなりそうで不安・・・」

なんだろう、この気持ち。
真澄兄の事は好き、子供のころから・・・今も好き・・・でも、この気持ちは・・・そうか、愛している!!
なぜ今まで気が付かなかったのだろう、どうして寄り道してきたのだろう。
そういえば、にぃに話して以来「彼ら」の事思い出さずにいられた・・・。
そう、いつだってにぃが頼りだった、会えなくてもにぃはいつも私を見守ってくれている。それを疑ったことはなかった。なぜか当り前だと思っていた。ずっとこのままだと信じていた。

夢が・・・夢が不安を与える。にぃと私を分かつことが起きると夢が警告する。
話してしまおう、この不安を。真澄兄への思いを・・・。にぃにとって妹でもいい、ただこの気持ちを知っていてほしい。にぃの傍を離れることは・・・もう出来ない。

「にぃ、ずっと傍にいて。私をひとりにしない・・で・・。私だけを・・見ていて。どこへもい・・・いかないと・・・」





香、もうすぐだ。きっとその不安の意味がわかるよ。その時は俺が傍にいるから心配することはない。
香の言葉を遮るようにそっと唇を合わせると、一瞬俺の腕を掴み体を強張らせたがすぐに体の力を抜く。唇を離し替わりに強く抱きしめ、耳元で囁く。

「香、心配するな。俺のいくところがほかにあると思うのか。死ぬまでそばに居てやるぞ。絶対に、何があってもお前と離れない。いやだと言われても・・・無理だ」
「うん・・・うん!!」
「もう、起きられるか?家に帰って休んだほうがいい。俺はもうずっとこの家に居る。お前が望めばどこにだって飛んでいく。心配せずに休め」

このまま一緒に居たら俺の理性はどこかへ飛んで行ってしまう。お前を大切にしたい、だから皆に祝福されてから一つになりたい。前世、それは望めぬことだったから。

「う・・ん・・・。送ってくれる?」
「あぁ、もちろん。一人で帰したなんて小父さんにわかったら、それこそ傍に居られなくなる・・・」

さあ香、帰ろう。オスカルとアンドレと一緒に。俺たちが本来あるべき関係へ。
そう、俺たちは前世「夫婦」になったのだ、たとえ神の御前に誓うことが出来なかったとしても。
香、お前に初めて出会った日から俺は眼が離せなくなった。覚醒していないのに子供心に守らなければいけないと思った。一瞬心奪われる女性が居てもいつも何かが違っていた。そうお前が傍に居てくれたから、オスカルとの約束を守れた。

「二人を死が分かつ時が来ても幾重にも運命を重ね私たちは愛し合う」

こうして時代を重ね今再び俺たちは同じ時代に生きることが出来た。だから、覚醒しなくてもいい。お前を妻に娶り、命ある限り愛し続けよう。香と、オスカルとアンドレのために。





休日の朝はいつだって遅く起きるのに、今日に限って早くに眼が覚めてベッドの中でまどろんでいた。
酔いに任せたとはいえ(そんなに飲ませてもらえていないが)間違いなく口づけをしたのだ。
にぃの唇・・・熱っぽくて弾力があってすうようにしっとりとわたしの唇をおしつつみしのびこみ・・・どこか懐かしい感触がした。にぃの力強い腕と唇と。

あのとき、居るのかいないのか確かめたことのないにぃの思い人に激しく嫉妬した。そして、眩暈と・・・いつもの声。激しい頭痛のなかで瞼に移ったのはあの金髪の人。
美しい涙を流し『愛しい人のもとへ帰りたい、けれど・・・・』と語りかける。とたんに・・・そうか、あの人が教えてくれたんだ!にぃが私にとって大切な人だってことを。

不思議な安堵感の中で私は旅行の準備を始めた。年内の仕事はあと三日。その翌日朝早く恒例の旅行に出発する、日用品以外はバックに詰めておかないと。
にぃ(ほか4名)と旅行、毎年のことなのに今年もうれしいけれど、楽しみだけど、恥ずかしいような・・・。
だけど、にぃは本当に私でいいのかな?子供のころはいつも一緒だったけど何年も離れていて・・・付き合うにしても私の事もっと深く知ったら離れて行くかもしれない。いっそ男女でなく幼馴染のほうがずっと傍に居られるのかも知れない。
でも、もしにぃに彼女が出来たら?結婚したら?私は許せないだろう。以前の私でも(想像のなかで)にぃの彼女には条件を付けていた位だ。ほかの女に眼を向けられるなんて我慢できない。私ってこんなに嫉妬深かった?
そうだ、ウジウジ考えてないではっきりにぃに聞けばいい、私で本当にいいかと。ん?それは逆プロポーズになりはしないいだろうか・・・。だいたい、にぃから「愛してる」とは聞けなかった。う〜ん・・・?よし!電話して聞こう、そうすればはっきりする。だいたい女々しく考え込むなんて私らしくない。





香は起きたか?体調はどうだろうか。昨夜は眠れず10時近くに起きだし母にやんわりと、しかしキツイ小言を言われながら遅めの朝食をとった。

両親に香とのことを(一部分を除き)話しておいた。これから篠塚家と旅行に行くのだから、黙っているほうが気が引ける。それにある程度話しておかないと香の体調不良が覚醒と分からず混乱させる。

覚醒は近いと思う。しかし、何かがオスカルを止めているような気がして仕方ない。それは、人物なのか感情なのかは分からないが。

・・・香と俺は思いを交わしたのだ。もう焦ることはない。母のように長い夫婦生活の後、覚醒することだってある。旅行している間に、香の両親にも挨拶?しておかなければ。あぁ、アランやベルナールにも報告するか。真澄は香と添い遂げられそうだと。ロザリーが喜ぶだろう。良い年明けになりそうだ。

引っ越しの荷物を片づけていると携帯が鳴った、香だ・・・





「昨日はありがとう、にぃは今日何してる?」
「東京から持ち帰った荷物を片づけているところだ。旅行前に何とかしないとな」
「そうよね・・・手は足りてる?」
「大丈夫、年内無職ですから」
ハハハと陽気なにぃの笑い声、いつもと変わりない。結局照れてしまい何も聞けなかった。安心したような、物足りないような。
とりあえず旅行の準備を済ませて母と買い物へ。私の車でにぃの家の前を通る。それすら恥ずかしい気がする、私こんなに初心だったかしら?
不思議な夢を見るようになってから今まで気付かなかった自分が居て戸惑う。もっと冷めたタイプだと思っていたが案外熱い自分が居たり、以前より母に妙に優しかったり。

一人になるとつい夢と『声』の事を考えてしまう。『声』が頻繁に聞こえてくるようになって断片的に見ていた夢がだんだんストーリー仕立てになっている。『声』の内容もはっきり分かるのだが誰が何のために語りかけるのか定かでない。
そして新たな場面。熱い夏の青空の下、グラスの割れる音がすると急に眼が覚める。
その夢の後は冬なのに大量に汗をかき、眩暈と頭痛に悩まされる。ある時は熱まで出してしまい会社を休むほどだった。
子供のころ毎年夏休み前に必ず熱をだし、2〜3日学校を休んだ。その頃の怖い夢と重なる。

にぃにこの話は伏せておこうと思っていた。これ以上心配をかけるのも嫌だった。それに夢の所為で体調が悪くなるなんてありえない。考えるのはよそう、明日は仕事。そしてすぐに旅行なんだから。













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