…
(6)
mokoさま 作
「んで、やっぱり覚醒はしないのか?」
「あぁ、近いとは思う。だが何かが邪魔しているようなんだ。それが何か分かれば俺が取り除いてやるんだけど」
「ずいぶん自信があるじゃねえか。香さんか隊長自身が覚醒したくないと思っていたらどうするんだ?」
「それはあり得ない、と言いたいところだがいささか自信が揺らいでいるのも確かだ。だから確かめたい、その邪魔しているものが何かを」
年末で忙しいと俺に会うのを渋っていたアランを夜の街に連れ出した。
まだ香の耳に二人で居るのが入ると面倒なので店の選択には迷った。しかたなくアランの住んでいる町まで足を運んだ。「ここで会社関係の人間に会ったことはない」というアランの言葉を信じて。
「確かめるって言ったって・・・どうするんだ?」
「分からない、でも年越しで旅行に行く。時間があるんだ、ゆっくり探すさ」
「デキちまえば余裕ってか、なんかむかつくな」
「そう妬くな、俺たちは宿命に導かれたまでだ。アランお前だってそうだ」
「けっ胸糞悪い。酒がまずくなる、違う話だ。この間ベルナールの所に行ってきたぜ。相変わらず講釈好きだがいいやつだな。なんでも来春から政党の記者クラブに詰めるらしいぜ・・・おっと、忘れるところだった。ロザリーが妊娠した、夏ぐらいには生まれるって話だったな」
「そうか、ロザリーが母親に・・・なんだか不思議だな」
「お前たちは知らないが前世の二人には男のガキが居たんだ。あの人の名前をもらっただけあって利口だったぜ」
「フランソワか?フフ、ロザリーのやりそうなことだ・・・。よくベルナールが許したな」
「オスカルって付けそうだったのを止めさせたんだ、そこは我慢するだろ」
「あはははっ。だけど、今度はみんな日本人だ、どんな名前を付けるかな?」
200何年ぶりにアランと飲んだ酒は美味かった。親友も近くに転生していたなんて俺は幸せ者だな。
「旅行はいつ出掛けるんだ?」
「明後日。今年は海沿いがいいって親父が言うもんだから朝早く出発だ」
「そうか、気を付けて行って来いよ。いい報告まってる」
「アランからそう言われるとは思っても居なかったな」
「ふん、あの人が幸せならそれでいいだけだ。言っとくが俺はお前ら二人とも看取った唯一の人間なんだぞ。だから・・・今度は幸せになってほしいんだ。ふ、二人とも」
「アランありがとう。必ずオスカルと香を幸せにする」
「お前にしか出来ないんだ、分かってるな。俺にはできねぇんだ」
したたか飲んだ俺は家に帰りつくと、ベッドにもぐりこみ深い眠りに着いた。夢の中でアンドレが俺に語りかける。『もうその日は近い』と。俺の願望か、彼らが俺の呑気さにあきれてはっぱをかけに来たのか。久しぶりに会ったオスカルはアンドレの腕の中で幸せそうだった。そうだ俺も香を幸せにしなければ。
「おはようございます」「おはよう」
まだ明けきらない朝、森家は我が家へ迎えに来てくれた。戸締りを母と確認してにぃの運転する車に乗り込む。
私たちの事を聞いたのか、いつもなら助手席は男性が乗っているのに今年は私が座ることになった。恥ずかしいような嬉しいような。でもこれじゃ今年は飲めないな・・・?
「まだ、早いから少し寝たらどうだ。午後には運転代わってもらうからな」
やっぱり飲ませない気だ。にぃって案外頑固だから覚悟してたけど。
後ろの席はしっかり掛布を用意していて四人ともすっかり寝る体制。私もヘッドレストに頭を預けて運転するにぃの横顔を見つめる。
あぁ、やっぱりイケメンだ。すっと通った鼻筋、長いまつげに真っ黒の濡れた瞳。やや厚めでふっくらとした唇、シャープなあごのライン・・・
「俺の顔になにか付いてるか?」
信号待ちでこちらに向いたにぃと眼が合ってあわててそっぽを向く。
「べ、別に、なんとなく」
私の頭をくしゃくしゃと撫でた手が頬を滑る。親指でそっと私の唇に触れるから余計に意識してしまう。後ろに保護者四人が居るんだけど。
「寝ろ」
でも、そうして触れてくれたお陰で眠れそうよ。
順調に旅路を進めてきたが、朝早い所為か俺もたびたびあくびをしていた。香はそれに気付き、SAで休憩をした時さっさと運転席をキープして2時間ほど高速を運転してくれた。
一般道に入ったので運転を交代するためどこかに止まらなければならない。
「とりあえずメシだな。昼時を過ぎているからどこでも空いてるだろう」
「海に近いんだから和食なんてどう?いいお店見つけたの」
誰と行ったんだ、と聞きたいが今さら考えてもしょうがない。もう香は俺のものなんだ・・よな。
「誰と行った、とか考えているなら心配無用よ。旅行雑誌に載ってたの」
図星をさされ照れくさかったが、心配無用か。お前に言われちゃ俺も形無しだ。
後ろの父たちは四人で酒盛りをしているが俺たちの会話に気付いているのだろうか。まだ微妙な距離が切ない。
海鮮丼が売りの店に入り遅い昼食を取る。美味かった、ほんとに美味かったけど香はそれ以上美味そうに満面の笑みで生ビールを何杯か飲んでいた。あいつはうわばみか?
食事を済ませ店を出ると四人は後部座席に沈み込んだ。俺の心配をよそに、香は全く様子を変えずに助手席に乗り込みナビの行き先を旅館までセットしていた。
旅館にチェックインを済ませ、温泉巡りをする女性たちを送り出した俺たち三人は部屋でくつろいでいた。
「真澄君、悪いが香を頼むよ。一人っ子の所為か我儘に育ててしまったが、気持ちは優しい子だから」
突然小父さんにそう言われなんと答えていいかわからない。こんな早い展開に俺自身ついていけていない。
「篠塚さん、こちらこそ。出来の悪い息子だけど仕事だけは真面目にやる男だから、香ちゃんを泣かせるような事はしない、私がさせないよ」
俺の挨拶より先に父は小父さんと話しを始めてしまったようだ。父にすれば両方の親と同じ気持ちだから一人で盛り上がってしまったのかもしれない。しかし香は小父さんたちに俺たちの事、何て言ったんだ?
いきなり『頼む』と言い出すとは小父さん、嫁に行かない事よっぽど気にしていたんだな。かわいい一人娘だから仕方ないか。
あわてて俺も小父さんに気持ちを伝える。
「小父さん、必ず香を幸せにします。小父さんが大事にしてきた香だから、絶対に泣かせるようなことはしません、約束します」
そう、絶対に。オスカルとアンドレのためにも。
「・・・ありがとう、やっと私も肩の荷が下りるよ。やぁ、真澄君の所ならいつでも会えるしね」
香は男同士でこんな話になっているとは知らないだろう。今さらだが、気持ちを言葉で確かめなくてはと思った。『そこまでは・・・』と言われたら、俺はどうしたらいい?
「明日の朝、6時30分にロビーにおいで。あったかくして来いよ」
夕食の後、部屋に引き揚げる香にそっと耳打ちした。今年最後の日の出を香と見ようと思い立ち海岸へ誘うつもりで。
初日の出はみんなで露天風呂から拝むのだと父が張り切っていた。前日なら海岸の人もまばらだろう。
天気が良い事を祈って早めに休むことにした。運転に疲れていたせいかあっという間に夢の中へ引きずり込まれ・・・
「アンドレ、なぜ私を置いて逝ってしまったのだ。もう同じ苦しみは味わいたくないのだよ。ずっと、ずっと傍にいると約束して・・・」
深い眠りの中でオスカルは訴えかけるように俺に話しかけてきた。ごめん。お前を守るのに必死でお前の気持ちまで考えなかったアンドレを許してくれ。今度は絶対に傍にいるから、お前の傍に居てお前を守るから。
「いっぱい着てきたか?」
「これ以上着られないくらいね」
この時間に出掛けるのは日の出を見に行くためだろう。女性の部屋は二人とも良く寝ていた。気付かれるのは恥ずかしいのでそっと部屋を抜け出した。
「ここから歩いて5分ぐらいの所に日の出を見るのに良い穴場があるそうだ。昨日若い仲居さんに聞いておいたんだ」
きっとその仲居さんはにぃにナンパされたと思ったんじゃない?にぃをちらちらとみている仲居さんはいっぱいいたもの。にぃのことは自慢だけどこんな時はちょっと面白くない!
「さあ、行こう」
ご機嫌斜めになりそうな私を察してか、温かい手で私の肩を抱き、玄関から外へ連れ出した。
手をしっかり繋いで並んで歩く。子供のころ、こんな風によく歩いた。
いじめっ子に泣かされて家に帰る時、夏祭りに出かけた時。楽しい時、悲しい時いつでも真澄兄は傍に居てくれた。
なのに20代、青春に翻弄されていた間、私はにぃのぬくもりを忘れた。そして、にぃは簡単に触れることの出来ないところに居た。
そのころを振り返れば、私はいつも心細かったと思う。太平楽な私は自分の思いに気が付かず、ずいぶんと遠回りをしたものだ。
「ここだ、気を付けて」
岩場の間の知っている人でなければ通り過ぎそうな小さな階段を下りで行くと、人気のないきれいな砂浜に出た。
上から見ると分からなかったが水平線に向かって扇状に海が広がっている。後ろからにぃにすっぽりと抱きしめられ二人で海を見つめる。まるで無人島にたどりついたリチャードとエメラインのように。
「ほら水平線がうっすらと明るくなってきた。もうじきだ」
「うん」
だんだんと水平線のかなたから藍色や紫、ピンクの色を伴って今年最後の太陽が顔を出す。自然とはなんと偉大なものか、美しい、見ているだけで涙が出てきそうだ。
「今年最後の日の出はお前と見たかったんだ。
香、お前に今年どんなに辛い事があっても今年は今日で終わりだよ。来年はいい年にしよう、幸せになろう一緒に。・・・結婚して・・・くれるかい?」
「・・・!!」
突然のプロポーズに私は言葉を失う。ほんの一週間ほど前、思いを伝えたばかりなのに。でも、私たちがそうなれば婚約したのも同じだと周りは思う。はっきりと真澄兄が言葉にしてくれて、うれしさと不安が一緒になって私の瞳からあふれる。
「私でいいの?初めて会った日からずっと我儘で、一人じゃ何も出来なくて。それでも愛してくれる?」
「あぁ・・・愛しているよ、子供のころからずっと。これからも一生涯愛していくと誓う」
激しいオレンジ色の光線があたりを照らす。にぃも私もその光線のなか神々しいほどの輝きを纏う。
強く抱きしめあい口づけをする私たちは、長い影を砂浜に落とし永遠を誓った。聞きたかった『愛してる』の囁きに、私はもう涙を我慢しなかった。
抱きしめられ背中に回された腕に力がこもるたび安心感と真澄兄への愛しさがあふれてくる。この感じ、ずっと昔から知っている・・・ぴったりとなじむにぃの胸。そう、知っている、この腕の中を。
いつ?どこで?子供のころ・・・ううん、もっと昔・・・。
フフフ、変な夢を見るようになって生まれる前の記憶を作ってしまったみたい。
今まで付き合う人がなにか違うと思っていたのは「彼」の所為じゃなかった、それは今はっきりと分かった。本当の私の居場所、真澄兄だったと思う。
『思う』・・・そう真澄兄のほかにあり得ないのだけれど、何かを忘れているような・・・。
『まるでアラスの夜明けだ・・・なぁ、アンドレ』
大晦日の宴会は俺たちのお祝いになった。篠塚の両親は目に涙をため、俺の手を握りしきりに「頼む」と言っていた。俺まで泣けてしまい香に冷やかされた。
母は黙って涙を眼にためたまま、いつもの笑顔を俺たちに向け父に寄り添っていた。
香は父に『結婚しない宣言』していたらしく小さな声で「内緒よ」と言っていた。そういやぁ、俺にも言ってたな。珍しく前言撤回だなオスカル。
前世することが出来なかった双方の親孝行が出来たのかもしれない。アンドレの父さん、母さん見てくれているか?やっと祝福されて愛しい人と添い遂げられるよ。幸せになるからね。
翌日、初日の出を露天風呂で拝んだが、男だらけで芋を洗うような混雑はとても荘厳な年明けにふさわしくなかった。女風呂も大して変わりなかったらしく、女性陣が父にぼやきまくっていた。前世ではけしてありえなかった、小さくなった父が可笑しかった。
初詣に出かける時さりげなく二人きりにされ、照れくさいような晴れがましいような気持ちで境内に入った。
欲張りな俺は家族の健康と今後の二人の幸せ、香の覚醒をお願いした。もちろん、もう一度二人が出会えた感謝の念も伝えた。賽銭は奮発しておいた。
香に何てお願いしたか聞いたら「私たちの幸せと皆の健康。もう一つは内緒」と言った。俺と同じだと思いながらも『内緒』の部分が気になる。
「教えてくれないのか?婚約者なのに」
「内緒は、内緒よ。そのうち必ず叶うことだから」
「あー、そう言われるとますます聞きたくなるな。こら!教えろ!!」
「だめったらだめー」
まるで初めて恋をしたように俺たちはじゃれた。周りの眼が気にならないと言ったらウソになるが、やっと魂が求めていた人と愛し合える。その喜びが体中からあふれていた。香も感じているのかもしれない、いや、同じ思いを感じていてほしい。
結局、内緒のお願いは分からないままだった。
旅行の日程を無事に終えたが香は覚醒しなかった。ただ見当はついたかもしれない。俺の勘が間違いなければ。
年が明けてしまえばあっという間にいつもの生活が戻ってくる。ただし今年から転職した俺はあわただしい毎日を送っていた。オスカルの覚醒にむけて行動しようにも身動きが取れなかった。
ロザリーやアランから催促されるのだが、覚醒したら何日か傍に居てやらねばなるまい。その時間をどう作っていいか模索していた。
それにしても「秘書」という仕事はなんてやりがいがあるのだろう。元来俺の性に合っているのだ、オスカルに鍛えられたのもあるが。いっそ副社長就任は止めてこのまま秘書でもいい、そうだ結婚したら香が社長になればいい・・・覚醒したらの話だか。
真澄兄のプロポーズを受けて心の中は安堵感でいっぱいだった。でも今ひとつ、なにか足りない気がして仕方が無い。それも夢の所為か、それとも欲張りなのか・・・。
私自身がなにか得体のしれない物に変化していくようで不安だった・・・。
BACK NEXT PRESENT HOME BBS