生まれ出でし命
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去年までとはまるで違うノエルを過ごし、明けて1790年の1月、オスカルは男女の双子を出産した。
周囲のこれまでの心配をどこ吹く風とばかりの、絵に描いたような安産だった。
すでに年末から双生児であると察していたばあやは、経験豊かな年長者として、子どもが二人であることをその両親に告げてはいなかった。
なぜならば、二人揃って無事生まれることが必ずしも絶対とは言えなかったからである。
この時代の女性の死亡理由に、出産が高い順位を占めているのは、別段フランスに限ったことではない。
お産は、常に命がけ、母の命も子の命もかかっているのだ。
しかも今回は、母体が高齢の初産である。
万一、一人が助からなかったとしても、残る一人が元気ならば、はじめから子どもは一人だったと伝えることで、母の精神に衝撃を与えずにすむ。
ダルモン夫婦もベケット夫婦もこのことは承知していた。
だが、幸いなことに、子どもはどちらも元気だった。
まず最初に男児の大きな産声が、産室となったオスカルの寝室から響き渡った。
それを聞くやすぐに産室に入ろうとしたアンドレは、祖母からにべもなく拒絶されたため、何か問題があったのかと生きた心地がしなかった。
が、しばらくしてもう一つの産声があがり、二重唱で泣く赤子の声に、アンドレは今度こそ本当に心臓が止まったかと思うほど驚いた。
口をあんぐりと開いたまま、呆然と立ち尽くすアンドレに、やがて産室から出てきた祖母が、満面の笑みをたたえて室内によぴ入れてくれた。
コリンヌとアゼルマがそれぞれ赤ん坊に湯を使わせていた。
アンドレの顔を見るや、おめでとうございます、と声をそろえた。
コリンヌが抱いているのが男の子、アゼルマの方は女の子だ、と祖母が教えてくれた。
双子だったのか。
アンドレは驚きで声も出ない。
「みんな無事で…?」
ようやくそれだけを口にした。
「もちろんですよ。」
「とても安産でした。本当に美しい赤さまですよ。」
コリンヌとアゼルマの言葉に全身の力が抜けた。
「さあ、よくご覧になってくださいまし。」
アゼルマに促され、恐る恐る赤子の顔をのぞきこんだ。
赤ん坊というのはどれも似たような顔をしているものだが、これはまたどうやっても見分けがつかないほどそっくり、まさに瓜二つという表現がぴったりの顔だった。
金髪に蒼い瞳。
オスカルの生まれた時と同じ顔だ、とマロンが感激している。
ジャルジェ家の血が色濃く流れたようだ。
マロンの指示で、二人の赤子はオスカルの側に連れて行かれた。
母子の初対面である。
「赤さまたち、お母さまですよ。」
マロンがこれ以上ない優しい声を出した。
オスカルはゆっくりと両手をのばし、二人の子どもの頭を撫でた。
「二人がかりで暴れ回っていた訳か。道理で…。」
玉のような汗を浮かべたオスカルの目元にうっすらと涙がにじんでいる。
枕辺に立つアンドレの目頭も一気に熱くなった。
何か言葉をかけてやりたい。
だが、何も浮かばない。
よかった…。
ただそれだけである。
「ねえ、マヴーフ、そっちの用意はできてる?」
アゼルマがさっきまでアンドレがいた隣の部屋に向かって声をかけた。
「ああ。大丈夫だ。」
歳に似合わぬ若々しい声でマヴーフが答えた。
マロン効果がここにも現れている。
「じゃあ、だんなさま、赤さまを運んでさしあげて。」
アゼルマに言われて、アンドレはこわごわ赤子を抱き上げた。
柔らかく儚い生き物。
まさに天使だ。
順番に抱き上げ、隣室に運び、マヴーフが用意した二つのゆりかごに寝かせた。
幸せな父としての初仕事だった。
モーリスが暖炉にどんどんと薪をくべてくれて、おかげで外の寒さが嘘のような暖かい空気が満ちていた。
「随分がんばられましたからね。オスカルさまはしばらくお休みになるほうがようございます。お子様はあちらであたしたちがしっかりお世話していますから、ゆっくり眠ってくださいまし。」
ばあやはアンドレだけを寝室に残し、静かに扉をしめた。
二人だけにしてやろうという配慮だとわかった。
アンドレはオスカルの寝台に近づいた。
「名前、どうしよう。」
突然オスカルがつぶやいた。
「え?」
「名前だ。男なら、とか、女なら、とか、おまえは色々言っていたが、二人いっぺんにつけるとなると、なかなか難しい。」
確かに、言われてみればそうだ。
「こうなると、バルトリ侯はうまく考えているな。ニコーラとニコレット、最初はふざけた名前だと思ったが、なかなか見事だ。」
大仕事をなした割には、冷静だ。
というか、不思議なところに意識が行っている。
きっと、緊張が一気にゆるんだのだろう。
それにしてもあんなに批判的だったバルトリ家の命名を賞賛するとは、勝手なものである。
うかうかしていると、勢いでフランソワとフランソワーズ、とか、アンリとアンリエットなどとつけかねない。
なんと言ってもあのだんなさまの娘である。
子どもが生まれた時は特に要注意なのだ。
アンドレはとりあえずそっとオスカルの手を握った。
自分は兄弟がいない。
両親が早くになくなり、もし兄や弟、あるいは姉や妹がいたらどんなに良かっただろうと折に触れて思った。
オスカルがけんかしながらもいつも姉上たちと賑やかに交わっているのが、随分うらやましかった。
だから、自分が親になるとしたら、きっとたくさん子どもを持ちたいと思っていた。
けれど、絶望的な恋の果てに報われたこの結婚は、どう考えても次々に子宝を授かるには難しい状況だった。
高齢でもあったし、切迫流産にもなった。
オスカル自身が犬すらうらやましく見えるほど、妊娠生活にこりていた。
それが、この一度の出産で二人の子を授かったのだ。
しかも男と女。
こんな幸福があるだろうか。
「ありがとう、オスカル。」
アンドレは万感の思いをこめた。
「まったく、今度ばかりはおまえにどんなに感謝されても当然だと思えるぞ。人類誕生以来、女性が代々この痛みに耐えてきたというのは、もっともっと賞賛されていい。」
アンドレの感傷など吹き飛ばしてしまう、オスカルらしい言い分である。
この産みの痛みによって少しは母性が刺激され、母親の自覚を持ってくれるだろうか。
だが、母性でも父性でもなんでもいい。
生まれた子どもを愛しく思っているのは、最初に頭を撫でていたときの様子で明らかだ。
アンドレは幸せをかみしめた。
「疲れただろう。」
「ああ、いささかな。」
「ゆっくり休むといい。」
オスカルは目を閉じた。
体中がだるい。
力を抜いて、と言われたかと思えば、もっといきんで、と励まされ、どうしろというのだ、と真顔で反論しかけたが、そんな暇もなく痛みは次々に襲ってきた。
よくもまあ、皆こんな激痛に耐えてきたものだ。
何人も産んでいる人がたくましくなるのは当然だ。
こんなこと、よほどタフでなければできるものではない。
だが、二人同時とはなかなか大したものだ。
二人から四人へ。
家族倍増か。
賑やかになるな。
オスカルの口元が楽しそうにゆるむのを見たアンドレは、その額にそっと口づけた。
やがてオスカルが静かに寝息をたてはじめると、アンドレはそっと部屋を出た。