生まれ出でし命

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公現祭の日に誕生した双子の名前が、翌日、両親から発表された。
客間で待ち遠しげな顔を並べるのは、ばあや、ベッケルとダルモンの両夫婦、そして寒い中、知らせを聞いて駆けつけてきたクロティルドとニコレットである。
「そんなに見守られると緊張してしまうな…。」
アンドレが口ごもった。
「何を怖じ気づいているんだ。おまえが言えないならわたしが言ってやる。」
オスカルが今にも発表するというそぶりを見せたので、アンドレはあわてて後ろ手に持っていた紙を掲げた。




  

「ミカエルとノエル…。」
皆が一斉に読み上げた。
それから不思議そうに黙り込んだ。
「どっちがとっちですの?」
ニコレットが当然の質問をした。
「どっちでもいいんだが、一応ミカエルが男で、ノエルが女だ。」
オスカルがアンドレを差し置いて答える。
どっちでも…の言葉にアンドレが目をむいている。
「それなら、ノエルの綴りはNoelleの方がよろしいのではありません?」
これまたニコレットがかわいい顔で尋ねた。
「それもどっちでもいいんだが、わたしの名前も男名だから、この際、二人とも統一しておこうかと思ってな。」
「男名に?」
「自分でいやだと思ったら、変えればいい。」
オスカルはしれっとしている。

「アンドレ、あなたもそれでいいの?」
クロティルドが黙り込んだアンドレに水を向けた。
全員が命名の紙を持ったままの父親に視線をあてる。
「いや…まあ…、その…。オスカルがいいと言うので…。」
主導権がどちらにあったかあまりに明らかな発言に、モーリスとマヴーフが気の毒そうにしている。
「まあ、ちょっと妙な気もいたしますけれど、お名前自体はどちらも素晴らしいと思いますよ。」
ばあやがどう自分の位置を保って良いのか決めかねながらも、なんとかその場を取り繕おうとした。

「そうなのだ。ばあや、わかってくれて大変嬉しいぞ。」
オスカルは喜色満面、幸福に満ちている。
「わたしにとってノエルの日は特別な日だ。」
誕生日兼結婚記念日である。
充分特別と呼ぶに値する。
「しかも、出産した日は1月6日。なんと公現祭だ。」
カトリック教において、キリスト誕生にまつわる祝祭期間は、12月25日から1月6日である。
「子どもの名前はノエル以外ないだろう。」
もはや断言している。
「そして、ミカエルは燃える剣を手にした兵士の守護神だ。これまたわたしの子どもにふさわしい名前だ。」
完全に悦に入っている。
自身を軍神マルスにたとえた母からなら、兵士の守護神が生まれてなんの不思議があろうか。

「確かにあなたの子どもにはぴったりだけど…。仮にもアンドレの子どもでもあるのだから、ちょっとは父親がらみの命名理由があってもいいんじゃない?」
鋭い指摘はクロティルドだ。
「ねえ、アンドレ。」
澄んだクロティルドの瞳に見つめられ、アンドレはにっこりと笑った。
「ご配慮、ありがとうございます。ですが、わたしにとってもノエルは特別な日でございます。」
クロティルドをはじめとする姉上と母上の深い思いやりによって実現した二人の結婚。
生涯アンドレにとって忘れることのない感激を与えてくれた日である。
「わたくしは、このノルマンディーにまいりましてから、新しい生活を始め、このような幸せな日々を送らせて頂いております。これはひとえにバルトリ侯爵とクロティルドさまのお力によるものと深く感謝いたしております。それゆえ、このノルマンディーにゆかりのミカエルという名前はわたくしにとっても、大変意味深いものなのです。」

西暦708年、ひとりの司教が大天使ミカエルから夢の中で聖堂を建てよ、と命じられた。
はじめは信じなかったが三度目のお告げにより、礼拝堂を建立した。
これがかの有名なモン・サン=ミシェルである。
以後、聖地として多くの巡礼者が絶えることなく参拝している。
ノルマンディーに暮らすものなら誰もが知っている話だ。
ノルマンディー生まれでノルマンディー育ちのベケットとダルモンの両夫婦は、この話にいたく感動し大きくうなずいていた。

「よくわかったわ。でも、それならミシェル(Michell)にすればよかったのに…。」
ミカエルはフランスではミシェルと転化している。
モン・サン=ミシェルがその例だ。
あえてミカエルとする意味はあるのだろうか。
「オスカルという名はヘブライ語です。だからわたしも子どもにはヘブライ語のまま使いたいのです。」
オスカルが即答した。
男名をつけられことへの非難はまるでない。
むしろ誇りに思っている。
我が子の命名に父の名付け方を踏襲するということは、とりもなおさず父への感謝と尊敬を意味する。
クロティルドはもう何も言わなかった。

彼女は二つならんだゆりかごに近づくと、「はじめましてミカエル。はじめましてノエル。」と言いながら、そっと子どもたちに祝福のキスをした。

続いてニコレットが、そしてばあやが、マヴーフとアゼルマ、モーリスとコリンヌが皆、ゆりかごのもとに近づき、ミカエルとノエルを祝福した。












    

   

   
 

Mickael  

Noel