ノ エ ル

第 一 章  乳 母 と 女 中 頭

ジャルジェ家の子女は、言わずと知れた6人姉妹。
将軍夫妻が計算した結果かどうかはわからないが、一様に2歳違いのきれいな間隔で、末のオスカルが、今年のノエルで33歳ということは、上から順に43歳、41歳、39歳、37歳、35歳。
名前は、これも上から順にマリー・アンヌ、クロティルド、オルタンス、カトリーヌ、ジョゼフィーヌ。

「同じベルサイユにお住まいで、よく遊びにいらっしゃるマリー・アンヌさまとカトリーヌさま、ジョゼフィーヌさまは、皆もお顔を覚えているだろうが、遠く領地におられるクロティルドさまとオルタンスさまとは、初めてという子もいるだろうから、しっかり教えておいて、くれぐれも粗相のないようにしないとね」

ジャルジェ家の女中頭のオルガは、明後日に迫ったノエルのために、銀の燭台を磨きながらマロンに言った。
皆、14〜15歳で輿入れしたから、ジョゼフィーヌが嫁いでからでもすでに20年がたっている。
お屋敷仕え20年以上の使用人となれば、いかに居心地がよくて、一度お仕えするとなかなか皆がやめたがらないジャルジェ家でも数えるほどしかいない。
「まったくだね。私とあんたと執事のラケルのほかに誰かいたかい?」
と、マロンもうなずく。

考えてみれば、王妃さまがオーストリアからいらして、オスカルさまが近衛隊に入隊されたときには、すでにジャルジェ家にはオスカルさましかいらっしゃらなかった。
10歳も歳の離れたマリー・アンヌさまとは、一緒にお暮らしになったご記憶もうっすらとしたものでしか無いに違いない。
その割にはご姉妹の仲は睦まじい。

「アンドレがここに来たときは、確かクロティルドさまのお輿入れの直前だったね」
オルガがこれまた古い記憶をたどるように言った。
「そういえば、そうだった。準備で大変なときに、しばらくおやすみを頂いたんだ」
マロンは一瞬、遠くを見つめた。
娘の忘れ形見を引き取りに、一生でただ一度の休暇を取ったのは、クロティルドさまのお輿入れの直前だった。
若くして亡くなった娘を思い出し、しんみりとするマロンに、オルガはさもおかしそうに、
「あの子、かわいいお嬢様の相手だと聞いて来たんだろう?しばらくこぼしてたよ。どうしてジョゼフィーヌさまじゃなくてオスカルさまなんだろうって」
と笑ったので、マロンもつられて、
「オスカルさまほどかわいいお嬢様はいらっしゃらないじゃないか!罰当たりなことを言う子だね、あの子は…」
といつもの調子でアンドレを罵った。

それで思い出したというように
「オスカルさまはいつパリからお戻りになるんだろう。ノエルはあさってなのに」
と、オルガがつぶやいた。
「衛兵隊のお仕事ってのは、大変なんだろうねえ。休暇中だというのに、ご自宅にお帰りになることもできないなんて」
と、マロンも相づちをうった。
「アンドレがついていながら、いつまで物騒なパリにいらっしゃるのやら…。オスカルさまだけでもお帰り願いたいんだけどねえ」 
「今日中にお嬢様方は勢揃いなさるようだし…」
と、二人は燭台を磨きながらうなずき合った。