肖 像 画
ジョゼフィーヌは手元の肖像画をながめながら、小さくため息をついた。
「やっぱり彼しかないわね」
それを耳聡く聞きつけて、うら若い新人侍女のエヴリーヌが小首をかしげた。
「どうかなさったのでございますか?」
「ああ、エブリーヌ、聞こえてしまったかしら?」
ジョゼフィーヌは無意識だったようで、少し驚いて顔を上げた。
「何度拝見いたしましても、お美しい肖像画でございますね」
エヴリーヌは、ジョゼフィーヌとは全然別種のため息をもらす。
「奥さまがお描きになったのでございましょう?素晴らしい腕前でいらっしゃいますこと…!」
「ほんの手慰みなのよ。ルブラン夫人に教わって…」
王妃のお気に入りの画家ルブラン夫人は、実はジョゼフィーヌが最初にその才能に目を付けた。
そしてパトロンとして大いに援助したのである。
その際、ジョゼフィーヌは、自分の肖像画を何枚か描かせてそれを見本とし、親しい友人に見せることを思いついた。
狙いは大当たりして、おかげでルブラン夫人は次々と顧客を確保し、最後には王妃の耳にまで評判が達した次第である。
自身がモデルになっている間、ジョゼフィーヌは遊び心で自分を描くルブラン夫人を描いた。
それを見たルブラン夫人は、なかなか見所があるとして、基本的な事柄をジョゼフィーヌに教えてくれたのである。
恩人に対する御礼の意味もあったのだろう。
もちろん貴族のお遊びだが、筋が良かったようで、少々本格的に道具をそろえ、せっせと画作に励んだ結果、素人とは思えぬできばえの作品が何点か完成した。
描く対象はわが子が大半だったが、だんだん子ども達もモデルにあきてきて、なかなか描きづらくなった頃、父がオスカルの結婚を考えているらしい、との話が耳に入ってきた。
潮時かもしれない、とジョゼフィーヌも思った。
王妃の寵愛と父の後ろ盾で何不自由なくつとめられていた近衛を、何をどう血迷ったか、誰にも相談せずに辞めてきて、父と犬猿の仲と噂の高いブイエ将軍旗下の衛兵隊に転属してしまった。
憎らしい妹ではあるが、苦労している話を聞いて喜ぶような品性の持ち主ではないから、姉としては、なにがしかの力になってやりたい、と結構真剣に考えた。
そろそろ軍隊から身を引き、完全に手遅れになる前に結婚させる、というのは、あの父としては思い切ったものだ。
だが、身内なればこその思いでもある。
であるならば、結婚になにがしかの協力をしてやるのも姉のつとめであろう。
だが、結婚となると、相手がいる。
父には心当たりがあるのだろうか。
自分の婚家の親戚筋で頃合いの男性がいないか、と探してみたが、どれも今ひとつ線が細く、あの軍人のオスカルと並んで似合いそうなのは見あたらない。
大体、このフランスでオスカルが軍人であることはあまりに有名で、そんな女を、いかに美貌とはいえ、ほいほいともらってくれるだろうか。
この際、同国人はあきらめた方がよい。
何も知らない外国の貴族が、案外ねらい目だ。
ジョゼフィーヌはさっそく宮廷で親しくしている数人の外国人貴族を思い浮かべ、彼らの本国の親戚に適当な人間がいないか尋ねてみることにした。
だが、遠い外国の人間に、名前だけで結婚相手を探してもらうのはなかなか難しい。
そこでジョゼフィーヌは特技を発揮することを考えついた。
オスカルの肖像画を描いて配るのだ。
奇天烈ないでたちではあるが、美貌は天下一品である。
目の前にモデルとして立たせることができないので、自分の頭の中でオスカルの顔を思い浮かべ、それを絵にした。
もう少し腕があれば、顔はそのままで、髪型や衣装を普通の貴婦人に修正できるのだが、そこまでは無理だったから、とりあえず普段のオスカル、自分の仲のオスカルを描いた。
こういうものは数がものを言う。
下手な鉄砲も数打ちゃ当たる、というくらいだ。
どんどん描いて、どんどん配り、異国で紹介してもらえば、顔だけ見て、名乗りをあげてくれる物好きも、いないとは限らない。
ジョゼフィーヌは、部屋にこもりっきりで画作の取り組んだのだった。
だが、あの父にしては上首尾なことに、オスカルの副官をつとめた近衛連隊長が婚約者になることを引き受けたとの知らせが来た。
これならば、顔はもちろん性格も立場も何もかも知り尽くしてくれての縁談だから、願ったりかなったりである。
外国人貴族より数段適任だ。
ジョゼフィーヌは、自身の計画にはあっさり幕を引き、父の話を応援することにした。
ジョゼフィーヌが描き散らしたオスカルの肖像画は、書庫の奥にしまい込まれた。
それから数ヶ月、結局オスカルの縁談はなかったことになった。
ジェローデルとの結婚を嫌がったオスカルのために、この際誰でもいいから、とあの倹約家の父が大盤振る舞いで婚約者公募舞踏会を開いてくれたにもかかわらず、オスカルはそれをぶっ壊した。
なおも求婚を続けてくれたジェローデルにも、自分から断ったらしい。
結局、今さら生き方を変えろというのが無理な話たったのだ。
父に振り回されたオスカルが哀れに思えて、このときばかりはからかいにいくのを控えた。
そして、ノエルのはかりごとである。
マリー・アンヌ姉が、オスカルとアンドレをくっつけよう、と提案してきたのだ。
寝耳に水とはこのことだった。
いや、灯台もと暗し、というべきか。
意外ではあるが、こうしていざ結婚相手としてアンドレの顔を思い浮かべてみると、これほどの適任者もないと思われた。
なんといっても、もはや今さら何の説明もいらないほど懇意の仲である。
性格も知り尽くしている。
ただ身分だけが問題だった。
どう転んでも、公にはできないだろう。
姑息な手段を労することもできないではないが、それはジャルジェ家の家風にそぐわない。
なかなかの難問である。
ジョゼフィーヌは久しく書庫にしまいこんでいた妹の肖像画を取り出してきて、つくづくとその顔をながめた。
生意気で、でも生き生きとして、軍服がいやになるほど似合う妹。
この子に釣り合う男は、彼、すなわちアンドレしかいない、とつぶやいたところを、エヴリーヌに聞かれたのだった。
「明日からいよいよジャルジェ家でございますね。わたくし、楽しみでなりませんわ。今年のノエルはなんてステキなんでございましょう」
何も知らないエヴリーヌの言葉にジョゼフィーヌは優しく微笑んだ。
「そうね。ステキがどうかはわからないけれど、きっと忘れがたいノエルになることでしょうね」
その言葉通り、1788年のジャルジェ家のノエルは、エヴリーヌの運命も大きく変えることになったのだか、もちろん、そんなことは、ジョゼフィーヌもエヴリーヌもしらないことである。
ジョゼフィーヌの描いたその他のオスカル像(実はかたかごさま画)
いただいておりました!
かたかごさまから素晴らしい作品をいただいておりました。
いつかまとめてアップしたいと思っておりまして、今回、このような
形で公開させていただきました。したがいまして文章は全くの添え物、
ジョゼフィーヌがせっせと描いた妹の絵、という設定ですが、もちろん
すべてかたかごさまがお描きになったものです。
かたかごさま、ステキな贈り物をありがとうございました。
さわらび
※お断りするまでもないとは思いますが、作中のジョゼフィーヌとルブラン夫人の関係は真っ赤な嘘、でっち上げでございます。何とぞご了承くださいませ。
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2005年ノエル企画(ノエルのはかりごと)