エ ピ ロ ー グ
ノ エ ル
深夜のジャルジェ夫人の居間に、五人の娘たちが勢揃いしていた。
礼拝のときの盛装を取り、ゆったりとした部屋着で思い思いの場所に座り、好みの飲み物を手に、にこやかに談笑しているさまは、少々薹が立ってはいるが絵の中のニンフのようだった。
「さっき、二人は帰ってきたようよ。忘れ物を返しに来ないところを見ると、計画はうまくいったみたいね」
マリー・アンヌが満足げに言った。
「あの神父さまは、もののわかった方だから大丈夫。それにもう二度とフランスに戻ることはないとおっしゃっていたし」
ジョゼフイーヌが付け加えた。
「とりあえず正式に結婚させてしまえば、万一こどもが生まれても私生児にしなくてすむものね」
と、オルタンスがワインを注ぎながら言った。
「万一では困るのよ。ぜひ生まれてもらわないと」
と、過激な内容を、おっとりとクロティルドが口にする。
二人の関係が深いものになっている以上、いつそのような事態になるとも限らなかった。
一刻も早く二人を正式に結婚させたい、との夫人からの手紙に、マリー・アンヌが妹たちに招集をかけた。
カトリックでは正式な結婚で生まれたものにしか、家の継承権が認められない。
ルイ十四世もルイ十五世も寵姫から生まれた子供は多数いたが、王位継承権がないため、幼い直系の孫やひ孫が即位したのだ。
「オスカルが身ごもったら、ジョゼフィーヌ、あなたは懐妊を発表して、領地にこもるのよ。わかっているわね」
オルタンスが念を押した。
「はいはい。承知してますわ。もちろん、オスカルは病気を理由に即刻除隊、わたくしと一緒に療養に入るのですね」
と、ジョゼフィーヌが、渋い顔で、だが、非常にうきうきした声で答えた。
「オスカルの子どもはわたくしが産んだことにして、オスカルの養子に…」
「ええ、いつか、国王陛下のご許可が下りる時代が来たら、すべてを公表しましょう」
マリー・アンヌが未来に思いを馳せつつ、静かに言った。
それを聞いていたカタリーナが続けた。
「もし、その子が女の子であっても、今度は男として育てたりせず、親戚から婿を迎えて家督を継がせましょうね。もちろん男の子ならばなんの問題もないわけですが」
本来、娘が六人生まれた段階でそのようにすべきだったのだか、今更言ってもはじまらない。
ならば、今度こそ…。
「おとうさまも、なってしまえば反対なさいますまい。いきなり花婿をつれてきて、さあ結婚して跡継ぎを産め、などと乱暴なことを言っては、かえってあの子を嵐の中に突進させるだけですわ」
「マリー・アンヌお姉さまのおっしゃるとおり。本当に愛しい人ができれば、子どもは自然に授かりましょう。そうなれば、嵐の中につっこむ母親などありません。自分から安全な巣に戻ってくるというものです」
クロティルドがおっとりと、しかし、きっぱりと言い切った。
母と姉が妹のためになし得る最大の誕生日の贈り物、それは、きっと父への贈り物にもなるはいずだ、とその場の皆は信じて疑わなかった。
父こそが、末娘を安全な場所に逃がしたいと、一番願っていたはずだから。
「でも、もし、子どもが授からなかったら?」
ジョゼフィーヌが心底、心配そうに尋ねた。
「それはそれで、神の思し召しです」
初めてジャルジェ夫人が口を開いた。
「たとえ、わたくしたちの希望通りにことが進まなかったとしても、少なくとも、今夜の二人の誓いは、誰にも後悔のない、真実に違いありません。わたくしたちはあの子達の幸せをただただ神に祈るのみです」
薹の立ったニンフたちは、一斉に両手を組み、新しい命をオスカルに授け給え、と祈った。
おわり
翌日の夜のできごと