第 四 章 両 親 と 娘 達
ノ エ ル
豪華な晩餐が整えられ、それぞれに美しいドレスを着こなした姉上方が席に着いて待ち受ける大広間に、ジャルジェ将軍夫妻と跡取りであるオスカルが、威儀を正した衣装で登場した。 一同立ち上がり、頭を下げて、三人が着座するのを待った。
末っ子とはいえ、伯爵家の後継者であるオスカルは、姉上方よりも上座に席が用意される。
正面に夫妻、将軍から見て右斜め前にオスカル。
オスカルの向かいは長女マリー・アンヌ。
つまりマリー・アンヌは夫人から見て左斜め前ということだ。
オスカルの右に次女クロティルド、その右に四女カトリーヌが座り、この三人が並んだ向かいに、マリー・アンヌ、三女オルタンス、五女ジョゼフィーヌが着座した。
重々しい将軍の挨拶の後、オスカルが乾杯の音頭をとり、おごそかに晩餐が始まった。
が、静かだったのは、ここまでだった。
「何年ぶりかしら?一同に会してのお食事なんて!」
最初に口火を切ったのは、オルタンスだった。
さすがにル・ルーの母上だ。
この場の雰囲気というものを、まるで無視しておられる。
やや、苦々しくオスカルが食前酒に手をつけた頃には、一斉に他の方々もさえずり出して、
無言で食する将軍とオスカルの方が異邦人のような雰囲気だった。
日頃、静かな夫人も、今日はにこにことして、いつもより口数も多く感じられる。
話題は、音声が何重にも重なって聞こえてくるので、確かではないが、まずは、各々の家族のことが取り上げられているようだ。
マリー・アンヌのところでは、すでに子供達の結婚話が出ているらしく、しきりと夫人にアドバイスを受けている。
母親というのはご苦労なものだ、と、淡々と食事をすすめるオスカルは、つい将軍に向かって「今日は耳栓が必要ですな」
と、こぼした。
めったに末娘に同調することのない将軍も、やはり、ついうなずいてしまった。
「まったくだ。よくも次々話題が湧いてくるものだ」
と、言いつつ、将軍の食事のペースが、今夜は異常に速いことにオスカルは気づいた。
なるほど、さっさと食べ終えて、とっとと引き上げるおつもりだな。
ここは父上にならうのが得策だ。
オスカルも、俄然スピードを上げた。
下手に控えていた侍女が、将軍とオスカルの皿があっという間に空になったことに気づき、あわてて、厨房へ走った。
まもなく、ワゴンに次の品を載せて、アンドレが小走りに大広間に入ってきた。
「ところで、オスカルの結婚話はその後、どうなりましたの?」
と、クロティルドが母親に尋ねた。
「マリー・アンヌお姉さまのところより、こちらの方が急を要しましょう。歳が歳ですもの」
将軍とオスカルは同時にむせた。
アンドレがあわてて駆け寄り、オスカルにナプキンを差し出した。
執事のラケルが将軍の背中をさすっている。
「あの舞踏会は、散々な結果だったようですわね。うちのような田舎にも聞こえてきましたもの」
オルタンスのまたも悪気のない発言に、オスカルはナプキンで引きつる口元を押さえた。
ラケルが将軍に水を差しだした。
「本当に大変だったのですよ。わたくしなど、主人の親戚にまで、立候補したいから、仲介してくれ、と言われて…」
ジョゼフィーヌがここぞとばかりに名乗り出た。
「花嫁を捜すならともかく、花婿ですからね。皆様、物好きというか、なんというか…」
他人が言うとかなり失礼な言葉だが、皆、内心、同感だったようで、舞踏会を企画立案した将軍ですら、反論しない。
「まあ、いろいろとあったのですけれどね、やはりオスカルの気持ちが一番大切だということになったのですよ」
と、夫人が、良く聞くと、なんの回答にもなっていない言葉で答えた。
が、娘達も、さすがにこの母から生まれただけあって、それで納得したらしく、
「では、問題はジャルジェ家の跡取りですわね。オスカルの跡目をどうするか」
マリー・アンヌが話を進めた。
「当然、養子でしょう」
オルタンスが即座に答えた。
「わたくしたちの子供の誰かが、養子に入るのが一番自然だと思いますわ」
「でも、帯剣貴族ですよ。オスカルのように、生まれた時からそのように育てなければ、お役目を果たすことはできませんわ。養子を迎えるなら、物心着く前の子でなければなりませんわね」
マリー・アンヌの言葉に、なるほど、と、そろってうなずく。
「困りましたわね。一番小さい男の子で、ジョゼフィーヌのところのシャルルだけれど、もう10歳になったのではなくて?」
と、今まで黙っていたカトリーヌが、ジョゼフィーヌに尋ねる。
「ええ、そうよ。あの子は、剣のけいこなどさせたこともないし、わたくしに似て気性の優しい子ですから、到底、ジャルジェ家の跡取りにはむいていないわ」
ジョゼフィーヌ姉に似たら気性がきついに決まっているだろう、とオスカルはあやうくつっこみそうになったのを、必死で耐えた。
それを受けてクロティルドが大声で言った。
「誰か、近々出産の予定のある人はいない?」
将軍とオスカルのナイフとフォークの動きが加速された。
もはや、話題についていけない。
跡継ぎの話はいい。
真剣に実家を案じてくれているのだから。
だが、このような席で、子供を産む予定をあからさまに尋ねるものだろうか?
だいたい、なぜ日頃、あれほど慎み深い母上がご注意なさらないのか。
「年齢的には、ジョゼフィーヌしかいないわね」
オルタンスが、決まったとばかりにジョゼフィーヌを見た。
「まあ、お姉様。わたくし、末のシャルルが10歳になると申し上げたばかりでしょう?今更、もう一人産むなんて…!とんでもございませんわ」
たまりかねた将軍は席を立った。
「ウォッホン、わしは明日までに目を通したい書類があるので、これで失礼する。おまえ達はゆっくりするがいい」
振り向きもせず、大広間を出て行く父の後を、オスカルも追いかけた。
「わたくしも、仕上げねばならない報告書がございますので…」
母上を加えて、6重奏の笑い声が響き渡った。
「さあ、これでうるさいのは消えました。これからが本筋よ」
マリー・アンヌがおごそかに宣言した。