第 六 章  主 人 と 従 者

ノ エ ル

良家のお嬢様でも、中年になると、下々の自分たちと大して変わらぬ騒々しさだわ、と、新入りの侍女達はこちらも騒々しく噂話に精を出している。
何分、常日頃のジャルジェ家は、謹厳実直なだんなさまと、しとやかな貴婦人の鏡である奥さまと、天下一品美しいけれど、お育ちが特異なために、常のお嬢様のようにはしゃいだりすることの決してないオスカルさま、という家族構成ゆえ、どこに人がいるのかわからないほどもの静かな邸宅だった。
もちろん短気という共通点のある父と娘は時折爆発し、凄い怒声を響かせはしているが。

だが、明日はノエルという今日は、さぞや神もお喜びになるであろう賑やかさで、しかも各人の連れてきた従者や侍女たちまであふれかえり、気をつけて歩かなければ、廊下でぶつかってしまう有様である。
奥さまは大層ご機嫌麗しいご様子だが、だんなさまは書斎にこもりっきりだし、オスカルさまもようやくパリからお帰りになったものの、ほとんどお姉さま方とは接触なさらず、すべての用はアンドレを通すからと、それもアンドレを通じて伝えられたので、お食事以外にお見かけすることはまずない。
まるで別のお屋敷になっちゃったみたいね、と批判しているかに見えて、実は侍女たちはこの華やかさを密かに喜んでいる。
なんといっても賑やかだし、お姉さま方は皆、そろって気のいい方達で、侍女に対しても決して見下したり、無体な用事を命じたりはなさらず、むしろ、ちょっとした頼み事にも、こちらが恐縮するほど丁重で、しかも無難にこなしただけで、お礼よ、と手回り品から絹のハンカチやら、リボンやらを下賜してくださるのだ。
さらに連れてこられた従者も侍女も、そろってよくしつけられていて、客分であることをわきまえ、出過ぎることがない。
できればずっと滞在していただきたい、お食事の量が増えたって、お洗濯の数が増えたって、ちっともかまやしないわ、と、御下賜品を見せ合いっこしているありさまだ。

ベルサイユに戻れば、そうそうオスカルのそばにはいられないだろうと思っていたアンドレの予想は、うれしいことに大きくはずれた。
人目につくことを案じていたが、人間の数も多くなりすぎると、かえって各々注意力が散漫になり、そのうちの一人が少々普段と異なった動きをしていても、気づかないものらしい。
オスカルが、すべての用はアンドレを通せと命じたため、どれほど頻繁にオスカルの部屋へ出入りしても、誰にも怪しまれずにすんだ。
また、そのオスカルの命令も、ここまで人口が増加したお屋敷では、さもありなん、との理解が得られて、好都合だった。

今宵の深夜ミサに向けて、皆々自室に引き上げ、着ていく衣装や宝飾品選びに追われている時、オスカルは、自室の居間の最近お気に入りの長椅子で、アンドレと並んで座っていた。
「アンドレ、不満は?」
昨日の朝のパリでの会話を思い出したのだろう。
オスカルが聞いてきた。
「不安も不満もないよ」
と答ながら、アンドレは軍服を着ているときよりはるかに細い肩に手をまわした。
「それはよかった。目くらましになるというのであれば、5人そろっての滞在も悪くはないな」
「そこまで言うと失礼だぞ」
「おまえは昔から姉上たちに甘いな」
「おまえが厳しすぎるんだ。おまえだって、ジョゼフィーヌさまをのぞけば、かわいがっていただいてたじゃないか」
「そうなのだ。ジョゼ姉以外は優しいかったんだ」
それから、一呼吸置くと、オスカルは首をかしげながら言った。
「だが、今回はどうもいつもと雰囲気が違う気がする」
「どんなふうに?」
「口ではうまく言えん。視線とか言葉の裏の思惑とか、意味ありげな仕草とか…。何かいつもと違うのだ」
「おまえもやっぱりそう感じてたのか」
オスカルが意外そうな目を向けた。
「ということはおまえも…?」
「ああ。なんというか、痛いような視線を感じて振り返ると、いつもどなたかが俺をご覧になっていて、俺と目が遇うと、びっくりするほど優しげに微笑んで、その場を去って行かれるんだ」
オスカルとアンドレは二人して黙り込んだ。
何かが計画されている。
おそらくは父上もご存知ないところで…。

「さあ、オスカル、ミサに出発する時間だ」
すでに礼拝用の正装をしているオスカルを椅子から立ち上がらせ、アンドレはその額に口づけて言った。
「気をつけて。おまえが帰ってきたらもう一度ここに来るから。待っているよ」
ミサにはジャルジェ家の人間だけが参列する。
ついていくのは御者のみで、あとのものは屋敷に残る。
ジャルジェ家のノエルは、オスカルの誕生日が重なっていることもあり、前夜祭の深夜ミサに
そろって礼拝に行き、翌朝はゆっくりと起床して、その晩がオスカルの誕生日を祝う内々のささやかな晩餐会、となるのが常であった。
年によってはアンドレが御者を勤めて、教会までお供をすることもあったが、今年は総勢8名の大所帯となるので、3台の馬車を出すため御者も馬方が勤めることになっていた。
「ん…」
オスカルはゆっくりと立ち上がり
「ではあとで…」
とアンドレに口づけを返すと主人の顔に戻り、従者の顔のアンドレとともに正面玄関に向かった。