La Vie en Rose

9 決断

作 オンディーヌさま

夕食後、四人は向き合って座った。

「で、どうなさいます?」オンディーヌが切り出した。

 

オスカルとアンドレは顔を見合わせた。

「ここで治療すればオスカルは治るんですね?」アンドレが念を押した。

 

アンドレの方がよっぽど物分りがよさそうだとオンディーヌは思った。

「そうです。王太子殿下のご病気とオスカルさまの病は起因菌が同じなのです。王太子殿下は脊椎で、オスカルさまは肺で発病しているのです。王太子殿下のご病気が治ると優秀な宮廷の医師団が言っているのでしょうか?あの時代に抗結核薬など存在しないはずです」

 

「アンドレの眼はどうなる?」オスカルが聞いた。

「もし、決断なさったのならアンドレには治療に入る前にやっていただきたいことがあります」サ・ワラビー夫人が柔らかな声で話し出した。

「あなた様方は不法入国の身でいらっしゃるので、医療保険という制度に加入されておりません。ですので治療費がすべて実費となり、莫大な費用が必要となるのです。その調達のため、いったんアンドレには元の世界に帰っていただきます」

「金目の物を持って帰ってくるということか?」

「そうです。ただ、200年以上の時を経るので骨董的価値のでるものが望ましいです。あまり高額な物だと、かえって盗品かと疑われるので難しいところなのですが」

「酒はどうだ!?200年物のワインなら価値がでるぞ!」

オスカルの声に弾みがついた。

「それはどうかと思います。時空の扉を経由して持ってくるわけですので、ワインの味に200年の変化がでるかどうかは定かではありません。それよりも時計、陶器、あまり高価でない絵画、宝石などの方がよいのではないかと思いますが」

「そうか・・・」

こころなしか、オスカルの声が沈んで聞こえた。

 

決断したとなると、次の段取りに入るのは早かった。

オンディーヌが説明しだした。

「明日、アンドレはサ・ワラビー夫人と調達に出掛けていただきます。で、オスカルさまですが、起床時、10時、14時、18時、20時に熱を測り、その日の症状とともに書き留めていっていただきます。それと、毎食前と毎食後に、このお薬をお飲みください。きちんと服薬されているか私が毎日、確認にまいりますので。熱が37.5度以上のときにはシャワーもお控えください。生活は安静とし、外出は排菌がなくなるまで禁止されます」

 

「それが、半年も続くのか?」

オスカルは肩を落とした。

「症状と検査結果がよくなれば、隔離状態も緩和されていきます。入院よりもはるかに快適な生活がここでは送れるわけですから」

オンディーヌが励ました。

さすがに(酒はだめか?)とまでは聞けなかった。

 

『生きる』可能性を拡げるために最善の努力を尽くしてくれているこの人達を前に、悪あがきは止め、よき患者となることが今、自分のすべきことだろう。

200年以上の時空を越え、私を探し当て、ここへ連れて来て最高の医療を受けさせる理由が、彼女達の「私達への思い」ゆえというのはいまだに理解しがたいところであるが、彼女達の真心や信念というのは、どうやら疑う余地もなさそうだ。

 

翌朝、黒いマントを羽織ったサ・ワラビー夫人に連れられてアンドレは扉から出て行った。

耳打ちしようとしたが、オンディーヌの睨みに遮られた。

「オンディーヌ、どうしてあなたは扉をくぐらないのだ?」

「一度、くぐったことがあるのですが、どうも私は自律神経系が弱いらしくパリで一週間ほど体調を崩して吐いてばかりいました」

 

メンタルにもフィジカルにも弱そうなナースが私の面倒を看てくれるのか・・・

不安に駆られながらも治療第一日目が始まった。

私の書きとめる体温をオンディーヌはグラフにしていった。

咳も相変わらず出た。痰の量も多い。時折、血も混じっていた。

こうして安静にしていると自分の身体が以前とは、まったく違うことがよく分かる。

呼吸も速いし、こんなに呼吸するのに胸郭が動くことはなかった。

仕事もしていないのに、倦怠感はそのままで取れることがない。

 

夕方になると二人が大荷物を抱えて扉から帰ってきた。

それを客間まで運び品定めが始まろうとしていた。

が、その前にサ・ワラビー夫人があわてて言った。

「すべてジャルジェ邸から持ち出したものですが、私は中に入ることはできなかったので選んだのはアンドレですから」

(なんだ?その言い訳じみた言い方は。いったいアンドレは何を持ってきたのだ?)

「いや、大変だったんだよ!仕事に行っているはずの俺がいきなりお屋敷に帰って厨房をあさったり、旦那様にお願いしたりして。そのうち奥様やおばあちゃんまで出てくるし」

とにかく、包みを開けてみることにした。

「なんだ?これは?書物かと思ったらジャルジェ家の紋章入り便箋ではないか!それもこんなに大量に。こんなものが売れるのか?」

「あっ、それを頼んだのは私です。絶対売れますから」

サ・ワラビー夫人が顔をやや赤らめた。

あとは、銀食器にセーブル焼きとウェッジウッドのティーセット、それに父上の懐中時計!

「これはどうしたのだ?」

「いや、時計といっても部屋の飾り時計を持ってくるわけにもいかず、おれの持っている懐中時計ではあまりにもお粗末なので旦那様に頼んだんだ」

「なんて?」

「オスカルの懐中時計が壊れたので、旦那様からもらってくるよう言い付かったと。だいぶ怪訝そうな顔をされているところへ、おばあちゃんがやってきて『それではまるで、形見分けの逆バージョンだ』とかなんとか言って泣き出す始末。旦那様から時計をもらい、おばあちゃんをやっとなだめてからおまえの部屋で高価でなさそうな宝石をあさった。そしたら、そこへ奥様がいらして・・・」

「あまり高価でない宝石を探していると言ったのか?」

「そう」

「馬鹿か!?というか馬鹿正直な・・・!」

「でも、これをくださったぞ」

アンドレはポケットからオスカルの瞳の色と同じの大きなサファイアの指輪を取り出した。

「これは・・確か、父上から結婚何十周年かのプレゼントの指輪のはずだ。石も高級なら細工も凝っている。高価でないわけがない。だいたい、うちに安い宝石など・・・ない!」

「なら、どうして先にそれを言わない!」

「いや、おまえならもしかしたら、なさそうな物でも探し出してきそうな気がして」

「できるか!そんなこと!」

 

「まあ、お二人とも、これだけあれば宝石なしでも十分ですから。治療費も生活費もまかなえそうです。この懐中時計も非常に凝ってますし高値がつきそうです」

 

 

治療費の算段がつくと、翌日から二人の本格的治療が始まった。

アンドレは診察を受け、そのまま入院となった。検査と手術のためらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―つづく










            


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