パ  リ

第 10 章

コゼットの心づくしの夕食は、決して贅沢ではなかったが、このようなときに、こんなに
急によくこれだけ、と思われるほど、充分オスカルを満足させた。
薪が少ないので、あちこちで暖炉を燃やすわけにはいかず、食事も自室でとった。
もし足りなければ自分の小屋から持ってくると、ジャコブは申し出てくれたが、年寄りこ
そ寒いのだから、それに明日になればアンドレが庭に山積みの丸太を割って、薪を用
意してくれるだろうから、今夜だけの辛抱だ、と笑って受け流した。

夕食の片づけを終えたコゼットが引き上げると、オスカルは所在なげにあたりを見回し
ていたが、やがて、ほーっとため息をつくと、寝台に横たわった。
「遅いな」
と、独り言がこぼれた。
いつもなら、と、ついつい思い出してしまう。
他のことを考えよう。

今日のディアンヌは…。
もし、あれが自分だったらどうしただろうか。
もし、アンドレが突然、他の人と結婚したと言われたら…。
わたしは、アンドレの言うように、彼の幸せが自分の幸せだと言えるだろうか。
無理だ。
絶対に。
自分以外の女性といるアンドレを見て、その幸せを願うなんぞ、絶対にできない。
クリスと親しげなのにも腹が立つし、ディアンヌに説得のためとは言え、殺し文句でくど
いていたのも気に入らない。

フェルゼンのときは、どうだっただろう。
彼の幸せを願えたように思う。
たとえ振り向いてもらえなくても、女として見てもらえなくても、フェルゼンとアントワネッ
トさまの幸福を望んだ。
あっちが本当の愛か?
では、こっちは?

恋の呪縛に捕らわれて、身動きできなくなっている自分に気づく。
アンドレは、わたしの幸せのためなら身を引くんだろうか。
身を引く…、彼がいなくなる…。
いや、わたしをひとりにしないと誓わせたはずだ。
もとい、誓ったはずだ。
そんなことはあり得ない。
もしわたしがディアンヌなら、そうだ。
アランに頼むまでもない。
わたしがアンドレを殺して自分も死ねばよい。
アンドレ自身が、まさにそうしようとして、思いとどまり、愛へと昇華させたことなど知るよ
しもなく、オスカルはこのぶっそうな結論に満足し、ようやく眠りについた。

アンドレがパリの別邸に到着したときには、すっかり夜も更けて、オスカルは眠っている
とコゼットが教えてくれた。
「酒を飲んでた?」
と聞くと、
「いいえ、ちっとも」
との答で、安堵した。
もう、酒も俺もなしで眠れるようになったかな、とうれしさ半分、寂しさ半分だった。
コゼットがアンドレのために用意してくれた部屋は、使用人用の中では一番上等で、オ
スカルの部屋とは同じ二階の角を曲がったつきあたりだった。
廊下を通っていくとやや距離があるが、互いの窓からは相手の窓が見える配置になっ
ており、ベルサイユとはちがって、オスカルの部屋の灯りが消えていることが、アンドレ
の部屋から確認できる。
なかなか大変な一日だったなとつぶやき、冷え込んできたので急いで寝台に横たわる
と、疲れから、一気に眠りに落ちた。