パ リ
第 12 章
やはり気になるのでオスカルとアンドレはラソンヌ邸に赴いた。
ディアンヌはまだ赤い目をしていたが、クリスの下で忙しそうに立ち働いていた。
夕べは寝付けないようだったので、薬を処方してやったと、医師が教えてくれた。
突然、クリスが若い娘を連れてきたときは驚いたが、他ならぬオスカルさまのご依頼とあ
れば、責任もってお預かりしましょう、と医師は約束してくれた。
クリスに預けるというアンドレの判断は正しかった。
「ディアンヌの方は大丈夫そうだな。問題はアランだ」
と、オスカルはアンドレに言って、ラソンヌ邸をあとにした。
ソワソン家に着くと、やはり心配だったのだろう。
フランソワとジャン、ミシェルが来ていた。
「班長冥利につきるな。アランは。こんなにみんなが心配してくれて」
というオスカルの声に
「隊長!」
と叫んで三人が寄ってきた。
隊にいるときは、なかなかそば近くに行けないが、アランの狭い家では必然的に人と人と
の間の距離が近くなる。
しかも、皆、軍服ではないから、自然と階級意識も薄れて、親しげに話しかけてくる。
「わざわざアランのために来てくださったんですか?」
「ああ。アランはどうしてる?」
「奥にいます。おーい、アラン!」
と、奥の間に向かってジャンが声をかけた。
「なんだよ!うるせーな!」
不機嫌そうなアランが台所から手を拭きながら出てきた。
「た、隊長…!」
私服姿のオスカルとアンドレに、さすがのアランも驚いているのが、フランソワたちには面
白くてしかたがないようで、
「すっごいね、アラン。二日連続で隊長が来てくれるなんて!」
と、はやしたてて、アランに
「おめーらは引っ込んでろ!」
と怒鳴られた。
オスカルはクスリと笑って、アランに顔を向けた。
「アラン、さっきディアンヌ嬢のところへ寄ってきた。まだ憔悴してはいたが、かいがいしく
病人の世話をしていた」
「そうですか」
「日にち薬という言葉もある。おまえの妹なんだから、芯は強いはずだ」
と、アンドレが言うと、
「けっ、てめーに言われたかあねえよ」
と横を向いた。
まったくだ。
日にちがいくらたっても、自分はあきらめきれなかったのに、とアンドレはアランの鋭さに
、舌を巻いた。
「少しは落ち着いたか?」
と、オスカルが尋ねた。
「まあ…。考えると腹が立ってぶっ殺してやりたくなるんで、考えないようにしてます」
アランが苦虫を噛みつぶしたように答えた。
「賢明だ。それを聞いて安心した」
オスカルがうれしそうに言った。
「わたしたちはしばらくパリにいる。どうしてもぶっ殺したくなったらいつでも呼んでくれ」
アランが怪訝そうに
「どうしてそこまでしてくれるんですか」
と言った。
「おまえは優秀な班長だ。牢獄入りなんぞして、いなくなってもらっては困る」
と答えたときのオスカルの微笑みは、聖母のようで、深い慈愛が感じられ、さすがのアラ
ンも毒気を抜かれたようだった。
「そうだ、フランソワ、今度アンドレを連れて飲みに行くときは、わたしも誘ってくれ。アンドレが女をくどくところをわたしも見てみたい」
どこまでもその話題に固執したいんだな、オスカル。
アンドレは誰にも気づかれぬようため息をついた。
「あっ、はい。じゃあこの休暇中に計画します。きっと誘いに行きますから、絶対来てくださ
いね」
フランソワが浮かれて引き受けた。
まったく、と今度はアンドレが苦虫を噛みつぶして
「オスカル、そろそろ帰るぞ。俺は今日は一日薪割りなんだからな」
と、帰宅をうながした。
「そうだった。この冷え込みに薪なしは、こたえるな」
オスカルは機嫌良く答えて、戸口へ向かった。
「いろいろ、ありがとうございました」
隊でもめったに見せない最敬礼をして、アランは二人を見送った。
それから、フランソワ、ジャン、ミシェルに向かって、
「てめーら、さっさと飯を食え。食ったら出かけるからな」
と奥の台所に追い立てた。。
「わあ、ぼくたちのご飯つくっててくれたんだ」
「ありがとう。で、どこへ出かけるの?」
という問いには答えずアランは台所へ入っていった。