けだるい午後のひととき、オスカルは長椅子の肘掛けに羽根枕をあて、気持ちよさ
そうに微睡んでいた。
庭からアンドレが薪を割る音が、規則正しく響くのを聞いていると、ついうとうととし
てしまった。
日ごとに治安が悪化しているこのパリで、ジャルジェ邸だけは別世界のように静かだ。
これこそが休暇だな。
何かすることがあるわけでもない。
もう一眠りするか。
と思ったとき、
「アンドレー!!薪割り手伝いに来たよー!」
という叫び声がした。
何事だ?
今のはミシェルの声だ。
「アランがねー、恩返しだってー!」
これはジャンだ。
「アラン、なに照れてるのさ?自分で言い出しといて」
フランソワだな。
「うるせー。うるせー。さっさとやっちまうぜ」
アランだ。

驚いているのだろう、アンドレの声は聞こえてこない。
長椅子から飛び降りると、オスカルはテラスへ出た。
呆然と立ちつくすアンドレのそばで、アラン、フランソワ、ジャン、ミシェルの4人がす
ごい勢いで薪割りをしている。
「俺、衛兵隊に入る前はさあ、土方仕事してたから、結構うまいんだ」
と、フランソワが得意げに話す。
負けじとミシェルも
「俺だって。うちではガキの頃から薪割りは俺の仕事だったんだ」
と言い返し、結構楽しそうだ。
ジャンはお世辞にもうまいとはいえないが、筋肉隆々のアランは苦もなく薪を割っ
ていく。

「アランが肉体労働には一番向いてるな」
と言いながら、オスカルはテラスの石段を下りて、すでに汗だくの男たちのところへ
やってきた。
「そうですかー?」
「あったりめーだ。鍛え方がちがうんだ」
アンドレは、掛け合い漫才のようなアランたちをあきれて眺めていた。
「アンドレ、助かったな」
オスカルはうれしそうにアンドレを見上げた。
額の汗をぬぐいながら、アンドレが
「ああ。これだけ割ってくれたら、俺の部屋の分まで廻ってきそうだ」
と、言ったので、オスカルは昨夜自分だけが暖かい部屋で眠ったことを思い出し、
チクリと胸が痛んだ。
「ふん、誰がアンドレの分まで割るかよ!」
とアランが、斧を振り下ろした。

結局、薪は見る見る積み上げられた。
汗だくの男たちが上着を脱いで、シャツ一枚になり、さらに胸をはだけ、腕をまくり
あげている。
だが、朝のアンドレを見たときのような衝撃はない。
第一、男ばかりの士官学校や軍隊で暮らしてきて、その裸体など見慣れているは
ずなのだ。
今朝の自分の反応の方が不思議だ。
着崩している連中の横で、しっかりとジレまで着ているアンドレに目をやると、アン
ドレもこちらを見ていて、視線がからんだ。
昨日、アンドレがひとりでベルサイユへ戻ると言ったときも、きっと自分はこんな顔
をしてい彼を見ていたんだろう。
風がサワサワと流れた。

コゼットとジャコブが賑やかなのを訝しんで、小屋から出てきた。
二人はうずたかく積み上げられた薪を見て顔をほころばせ、すぐに飲み物を入れて
きてくれた。
「まあまあ、ありがたいこと。これで当分は安心です」
と、頭を下げるコゼットに、大の男たちが照れくさそうにしているのが、ほほえまし
かった。


       





パ  リ

第 13 章