パ  リ

第 4 章

パリの下町の入り組んだ路地裏にアランの家はあった。
オスカルとアンドレがかけつけた時には、アランと一班の連中がにらみあっていて、古い階段
に倒れ込むようにしてディアンヌが泣いていた。
兄妹の母親らしき女性は呆然と椅子に座っていた。

いきなり扉があいたので、中にいた連中が一斉にそちらに顔を向けた。
「隊長!来てくださったんですか?よかった〜!」
と彼らは口々に叫び、へたへたと座り込んでしまう者もあった。
無理もない。
フランソワが最悪の事態を避けようと、意を決して、ベルサイユまで隊長を迎えに行き、連れ
てくるまでのこの時間は、隊員たちには無限の長さに感じられた。
けれど、ここで家からアランを出してしまったら取り返しがつかない。
隊長が来るまで、何としてもアランを家の中に閉じこめておくんだ、と、まるで打ち合わせをし
ていたかのようなチームプレーで、隊員たちは扉の前に立ちはだかっていたのだ。「みな、ご
苦労だった。あとはわたしが引き受ける。アンドレ、ディアンヌを頼む」
「よし、わかった」
アンドレはアランの脇をすばやく通り抜けると、階段に打ち伏していたディアンヌを抱きかかえ
、二階へ連れてあがっていった。

「アラン、話はフランソワに聞いた。とにかく剣をよこせ」
だが、聞こえているのかいないのか、アランはじっとオスカルを血走った目で見据え、剣を放
そうとはしなかった。
「アラン、聞こえているか? 剣をよこせ!」
オスカルが大きな声を出した。
びくっとしたようにアランはオスカルのほうを見つめ直した


「隊長…」
自分を認めたことを確認して、オスカルはアランに近づき、剣をとりあげた。
ほーっというため息が隊員たちからもれた。

「アラン、相手が憎い気持ちはわかる。だが、殺してどうなるものでもない」
「…」
「アラン、落ち着いてよく考えてくれ。今おまえがなすべきことは、復讐ではない。ディアンヌ嬢
をささえることだ。深く傷ついた彼女を慰めることが第一ではないのか?」
アランの目に大粒の涙がうかんだ。
「ディアンヌ…。かわいそうに…。あんな奴だとも知らないで…。結婚式を待ちわびて…」
おそらく日頃の彼なら決して見せないであろう涙が、ポトリ、ポトリと落ちた。

その場に居合わせた者は皆、見てはならないものを見てしまったように感じた。
強いアラン、決して弱みを見せないアランの涙が、なによりも雄弁に彼のくやしさを物語ってい
た。
オスカルは、預かった剣を部下に手渡すと、アランの肩に手を置いた。
「ディアンヌ嬢は、アンドレが二階に連れてあがってつきそっている」
アランはよろよろと階段に向き直り、二階を見上げた。
そのとき、
「ディアンヌ!!」
アンドレの大きな声と、二階からさらに上に駆け上がっていく足音が響いた。