「アンドレ!どうした!?」
オスカルが二階へ走った。
続いてアランとフランソワやジャンたちもバタバタと駆け上がった。
二階の居室の扉が開け放たれままで、アンドレとディアンヌの姿はなかった。
「上だ!」
オスカルが叫び、またもや全員が上階へと走った。
小さな屋根裏部屋に続いていた。
その窓辺に今、まさに飛び降りようとするディアンヌがいた。
アンドレが少し距離を置いて立ち、ディアンヌに右手を差し出していた。
「ディアンヌ!なにやってるんだ!」
アランが眼前の光景に我を忘れて叫んだ。
「来ないで!お願い…!このまま死なせて!」
大きな瞳からあふれる涙をぬぐおうともせず、ディアンヌは窓枠に足をかけた。
ひいっという悲鳴が誰からともなく洩れた。
アンドレがディアンヌの腕をつかんだ。
「ディアンヌ、待て!飛び降りるのはいつでもできる!」
ディアンヌは意外な言葉に一瞬、力を抜いた。
「ディアンヌ、死ぬことはいつでもできる。その気になれば…。ディアンヌ…」
アンドレの声は深く静かで、こんなにも切羽詰まった状況であるということを、周囲
のものに一瞬忘れさせてしまうほどの、無性にもの悲しい響きを含んでいた。
「ディアンヌ、もし君が本当に彼を愛しているのなら、彼の幸せを自分の幸せだと思
わなくてはいけない。ただ、彼が生きてこの世にあることを、神に感謝しなくては…。
たとえ君がどんなにつらく悲しく苦しくても…」
入り口付近に立つ兵士たちからすすり泣きがもれた。
「わ…わたし…、あ…」
ディアンヌの声にならない声が、静まりかえっている古ぼけて薄暗い屋根裏部屋に
、ひたひたと伝わった。
窓枠にかかっていた足が知らず知らず室内に戻された。
それを瞬時に見て取り、アンドレは、先ほどとはうってかわった明るい声でささやい
た。「だけど、もし彼が君のその崇高な愛にふさわしくない相手だったとしたら、こっ
ちから捨ててやるんだ」
「えっ…?」
「だって君は、こんなに若くてきれいなお嬢さんなんだから、もったいないよ。そんな
奴のためにむざむざ散らしてしまうのは…。君は本当に花のように美しいんだよ」
ディアンヌの濡れた瞳が大きく開かれた。
「きっと君にふさわしい、神様が選んでくださった本当の相手にめぐりあえるさ」
「本当の相手…?」
「そうさ。あの入り口にいる連中、君の結婚話がつぶれて、大喜びだ。みんな立候
補するんじゃないか?」
と、ちゃめっけたっぷりに言いながら、アンドレはすばやくアランに目配せした。
はっ、と気づいたアランがディアンヌの後ろにまわり、抱きかかえた。
「ばか野郎、あんな男のために、もったいないことするな!俺がおまえにピッタリの
奴を探してやる。ディアンヌ、頼むから死のうなんて思わないでくれ…」
アランの力強い腕に絡め取られたディアンヌは
「兄さん…。兄さん…」
と、すがりつくと、今度は大きな声で泣いた。
二人のそばをそっと離れたアンドレは、もう大丈夫だとオスカルの肩をぽんとたたく
と、何やらしきりとメモをとっていたラサールに、紙とペンを借りてすらすらとしたた
め、
「ジャン、ミシェル、悪いがこの住所に行って、この人をここへ連れてきてくれ」
と、耳打ちした。