パ  リ

第 7 章

クリスという女性は、不思議な人だ、とオスカルは思う。
非常にてきぱきとして働き者で、小柄なのに存在感があり、誰に対しても遠慮のない物言いをする。
現実的で、生活に密着した見識があり、若いのに姉御肌である。
修羅場をなん
とかくぐりぬけて、非日常的な雰囲気におおわれていたソワソン家は、クリスの登場で、突然ふつうの
家庭に戻り、日常を取り戻した。

「話は道々、この人たちから聞きました。失恋で死のうとするなんて、馬鹿馬鹿しい。その子はどこで
す?ここへ連れてきてくださいな」
と、クリスに半分命令口調で言われても、誰も気を悪くもせず、ミシェルが二階へディアンヌとアランを呼
びに行った。
アランが、目を赤くはらしたディアンヌを連れて降りてきた。
見知らぬ女性が立っていて驚く二人に、アンドレが手短に紹介の労をとった。

「はじめまして。クリスと呼んでちょうだい。わたしもディアンヌと呼ばせてもらいますから。とりあえず、し
ばらくうちへいらっしゃい。ここには居づらいでしょう。うちは人手不足で困っているから、あなたが働き者
ならなお結構。本当につらいときは、誰かの世話をしている方が、気が紛れるものよ」
と、トントンと話を進めていく。
恋に傷ついたときは、仕事で気を紛らす…。
妙に思い当たるところがあり、オスカルもアンドレも納得した。
アランは驚きを隠せないようだったが、傷心のディアンヌには環境を変えてやる方がいいのだ、とクリスに
説得された。
ディアンヌは、クリスに病人の世話だと仕事の中身を聞かされて、もともと心根が優しいので、自分が役
に立つのなら、と皆の想像以上にすんなりと引き受けた。

見事な采配で、クリスはディアンヌを連れて行ってしまった。
妹の勤務先を覚えておいた方がいいと言われ、アランもお供していった。
またもや、オスカルとアンドレ、フランソワが母親とともに残された。
この組み合わせで先ほどの話が再燃してはかなわない。
アンドレは
「さあ、俺たちも帰るか?」
と、オスカルをうながした。
「ん、そうだな。まだ安心できんな。特にアランが…」
「何かあればフランソワが呼びに来てくれるさ、なあ」
とアンドレに水を向けられ、びっくりしたようにフランソワがうなずいた。
「だが、ベルサイユでは遠い。今日は1班全員がいたから止められたが、今後はそうはいかんだろう」
何を考えてる?オスカル。
最近オスカルの考えが読めない時があり、アンドレはあせった。
「だから?どうする気だ?」
オスカルは心配そうなアンドレを見つめうれしそうに言った。
「うちの別邸がここからそう遠くはなかっただろう? 昔、王妃さまのお供でパリに来たとき、母上やわた
しがよく休息に使ったところだ」
「別邸?! おまえ、まさかそこに留まるつもりか?」
相手の意表をついたとき、そしてその相手がごく親しいものであったとき、オスカルはだんなさまそっくり
の得意顔になる。
「そうだ。名案だろう?あそこなら、何かあってもすぐ駆けつけられる」

冗談ではない。
別邸は、平和な昔ならいざ知らず、今は危険なパリにわざわざ奥さまがお出かけになるわけもなく、2,3
人の使用人を残してはいるものの、ほとんど使われていない。
ノエル前の寒い季節に、ろくすっぽ薪もないはずだ。
と、言葉を尽くしてアンドレは説得にかかったが、
「ほう、お化け屋敷状態か?ならば、なおのこと面白そうではないか」
と、かえって火に油をそそいでしまった。
おまえな、小旅行に出たいなんて言ってたんだぞ。
フランソワがいるから口には出せないが、俺はどんなに必死で準備したと思ってるんだ?
「では、オスカル、明日からの遠出は中止だな?」
と、低い声で念を押した。
「非常時だ。やむを得ん」
小旅行にアンドレがどこを考えてくれていたかは知らないが、パリの別邸でも、別段違いはない。
ベルサイユで父上や、ばあやにがみがみ言われてすごすよりは、使用人も少ないパリでアンドレと過ごす
のもおつなものだ、とこれもフランソワがいるから口には出せないが、われながら一石二鳥の名案に笑み
がこぼれた。
ちぇっ、そうやって笑ってろ。
アンドレは小さくため息をつき、フランソワに別邸の住所を教え、兄妹の母をアランが帰ってくるまでひとり
にしないよう指示し、オスカルとともにソワソン家を出た。