※このお話は「舞踏会の奇跡の続きです。





アンドレは覚悟を決めた。
何が何でも身体を取り戻す。
これからパリに行くオスカルのお供をするのは絶対に自分だ。
アランなどに行かせる訳には行かないのだ。
外見フェルゼン中身アンドレは猛烈な勢いで外見アンドレ中身アランに突進した。
外見アンドレ中身アランは何が何かわからないまま激突され、その場に倒れた。
オスカルが慌てて倒れたアンドレに駆け寄った。
フェルゼンが来ていること自体驚きだったが、そのフェルゼンがアンドレとぶつかってしまったのだ。
また入れ替わったのか?!
アンドレの身体にフェルゼンが?
そう思うと恐ろしさに身体が硬直する。
だが、倒れたアンドレはすぐに立ち上がった。
そしてにっこりと笑った。
「心配するな、オスカル。俺は間違いなくアンドレだ」
「姉上の名前を上から順に言ってみろ」
「マリー・アンヌさま、クロティルドさま、オルタンスさま、カトリーヌさま、ジョゼフィーヌさま」
「ではわたしと親しい順に言ってみろ」
「カトリーヌさま オルタンスさま クロティルドさま マリー・アンヌさま ジョゼフィーヌさま」
こんなにスラスラとアンドレ以外の人間が言えるはずがない。
まちがいない。
「わかった。アンドレ、行くぞ」
すぐにもこの場を立ち去るべきだ。
事情は後からアンドレに馬車の中で聞けばすむ。
とにかくフェルゼンと一刻も早く距離を取りたくて、オスカルは急いで馬車に乗り込んだ。
アンドレもまったく同感で、ふらつく頭などものともせずオスカルに続いた。
馬車はスウェーデン騎兵と倒れたフェルゼン伯爵、そしてアランを残すと、ガラガラと音を立てて走り出した。

騎兵は馬から下り、倒れているフェルゼンを抱き起こした。
「伯爵、大丈夫ですか?」
「う…ん」
うめき声とともに目を開けたアランは、心配そうに自分をのぞき込む外国人騎兵と、その後ろでうろたえるフランス衛兵を見た。
その衛兵はまぎれもなく自分の顔、つまりアランの顔をしていた。
なんということだ。
アンドレだけが自分の身体を取り戻し、今度はアランとフェルゼンが入れ替わっていた。
アランは再び気を失った。

呆然と事態を傍観していたフェルゼンがようやく声を出した。
「待て、アンドレ、オスカル!わたしはおまえ達に会いに来たんだぞ!別れの挨拶に来たんだぞ!おい待て…」
だが馬車は速度を落とさない。
むしろどんどん速くなっていく。
こんな形で別れるなんて…。
しかも、身体はアランなんぞというよくわからない衛兵隊士になり果てている。
ああ、よせばよかった。
フェルゼンが激しく落ち込んでいる間に、スウェーデン人騎兵は気を失っている中身アラン外見フェルゼンに活を入れ、無理矢理立ち上がらせた。
「大丈夫ですか?なんと乱暴な衛兵隊士でしょう。陸軍元帥である伯爵にぶつかってくるとは…。統制の取れていない部隊だとは聞いていましたが、噂以上ですね」
騎兵はアランの軍服から砂をはたき落とし、「さあ、お乗り下さい」と馬上に誘った。
フラフラのアランは、まったく判断能力を失ったまま馬にまたがった。
「さあ、母国に帰りましょう!」
騎兵は軽やかに鐙に足をかけ、アランの前に乗ると、馬の脇腹を蹴った。
宮殿前広場ではスウェーデン部隊がいつでも出発できる準備を整えている。
騎兵の任務は司令官を連れ帰ることだ。

「お、おい!待て!フェルゼンはわたしだ〜!」
ひとり置き去りにされたフェルゼンが真っ青になって馬の後を追った。
「おや、しつこいな、追いかけてきますよ」
騎兵は手綱をとり、馬に加速をうながした。
フェルゼンは瞬く間に引き離された。
なんということだ…。
これからどうしたらいいのだ…。
「替われ〜、わたしと替われ〜!!」
フェルゼンの声が空しく響く。
だがその声はフェルゼンにとってまったく聞き慣れない若い男のものだった。

一方、馬に揺られてようやく正気を取り戻したアランは、まず自分の置かれた状況の確認を始めた。
軍服は大層立派な仕立てで、勲章や階級章は見たこともない豪華なものだ。
乗っている馬も上等。
自分の前に騎乗している兵士は外国人らしい。
少しずつ記憶が戻ってきた。
そうだ。
フェルゼン伯爵が馬車のそばで倒れていた。
アンドレがその隣にいた。
救護班を呼ぼうとしたらアンドレに激しく止められた。
もみあううちアンドレが倒れてきて頭を打った。
目を開けた時、目の前にフェルゼン伯爵がいて、「おれはアンドレだ」とまぬけたことを言っていた。
さらには馬車の窓に映った自分の姿はアンドレだった。
パニックになった。
すると今度はフェルゼン伯爵がぶつかってきて、もう一度気を失った。
そして今だ。
ややこしくて全然わからないが、とにかく自分がフェルゼン伯爵になってしまったらしいことは理解できた。
いや、理解はできていない。
できるはずがない。
だが、確認した。
なぜならば、スウェーデン騎兵が再々フェルゼン伯爵と呼びかけてくるからだ。
「グスタフ国王陛下直々のご指名とはさすがです、フェルゼン伯爵。われわれはその配下で戦えることを大変光栄に思っています」
騎兵の声は誇らかで清々しい。
どうやらこれから戦いに行くらしい。
では、自分はいったいどうなるのだろう。
このままで良いわけがない。
だがどうやったら戻れるのだろう。
確か一回目にぶつかって倒れた後、アンドレは元に戻るためにもう一度ぶつかると言っていた。
とすると、自分はもう一度ぶつかればいいということか。
そうか。
もう一度自分の身体を捜しだして、頭をぶつけ合うのだ。
そうすれば身体を取り返せる。
「おい、戻ってくれ、衛兵隊本部まで戻るんだ!」
アランは叫んだ。
「とんでもない!ただでさえ遅れているのです。このまま部隊に合流します」
にべもなく拒絶された。
仕方ない。
こいつを突き落としてでも戻るぞ、と思った時、見事に整列した部隊が現れた。

すると騎兵は馬を止めさっと飛び降りた。
アランはしめたと思った。
これで衛兵隊に戻れる。
だが、騎兵は見たこともないような美しい白馬の手綱をひいてきた。
アランは馬に見惚れた。
「こちらにどうぞ」
言われるままに今乗っている馬からおり、白馬の鐙に足をかけた。
軍人のサガだろうか。
元々が尉官で将校だった時の記憶が蘇り、すっと乗ってしまった。
騎兵はそれを見届けると、自分の馬に戻り、再び騎乗してアランの斜め後ろに控えた。
居並ぶ騎兵が一斉に視線を正面に向けた。
「では号令をお願いします」
アランは、流れのまま「出発!」と叫んだ。
なにやってんだろう…。
アランは、先導の騎兵に続いて馬を進めながら、ひたすら痛みの残る頭を悩ませていた。








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パリの奇跡

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