※このお話は「舞踏会の奇跡の続きです。




ジャンとピエールの本日の役割は門番である。
銃を担いで見張りをし、怪しい者には尋問する。
宮殿警護の最前線、緊張感漂うなかなか重要な任務である。
だが、聞こえてくる彼らの会話には緊張感のかけらも感じられない。
何よりも左右に分かれて立つべき所、一方に二人そろって立っていることからして、要するにお喋りに興じていることが明らかだ。
「ディアンヌちゃん、結婚してしまうのか…」
にはじまり、年上美人の隊長がまだ残っている、という失礼極まりない発言にいたり、さらには「愛があれば年の差なんて」という勘違いで盛り上がっている。
それを一喝したのがアランだ。
さすが班長、と思うのは大いなる間違いで、単に話題が気に入らないだけだ。
「おれの前であの女の話はするなってんだ!ぶっ殺されたいか」
つまり他の話題なら問題ないらしい。
その証拠に、ジャンとピエールが昨日の晩ご飯の話をはじめると、すっと離れていった。

言葉遣いといい態度といい、たいがい無茶苦茶な班長である。
その後ろ姿に目をやれば、今度はフランス棟の前で、馬車の用意をしているアンドレにちょっかいを出しているようだ。
遠目でよくわからないが、何やらもめている風に見える。
「どこ行っても、誰とでもぶつかってる…」
ピエールがボソリとつぶやき、ジャンが大きくうなずく。
まさしく言葉通り、このときアランはぶつかっていた。
そしてその結果としてフェルゼンになってしまっていたのだ。
決してアランが何か悪さをしたわけではない。
だが、こういうところに日頃の行いが出る。
アランは今回限りは激しく誤解されたままである。
見ているのがアホらしくなって、ようやく真面目に仕事をする気になった二人は、門柱の左右に分かれて起立の姿勢をとった。
まったく迫力のない二人だが、いないよりはましというところか。
そこに颯爽と一台の馬車がやってきた。
「隊長の馬車だ」
すぐに門を開ける。
心なしかいつもより速度が速い気がする。
馬車はまったく速度をゆるめず走り抜けていった。
「かっこいいなあ…」
かつてあれほど反抗したくせに、現金なものだ。

続いて二人乗りの馬がやってきた。
「スウェーデン近衛隊だ。通るぞ」
二人とも完全な軍装をしている。
そのまま戦場に向かうのだろうか。
ご苦労なことだ。
隊長のために開けた門をそのまま通過していった。
実戦の経験などまるでない二人は、門番くらいがちょうどよいよな、と真顔でうなずき合いながら馬を見送った。
すると、そこへ今度はアランが全速力で走ってきた。
もちろんこのアランは、アランの格好をしたフェルゼンなのだが、ジャンとピエールにはあずかり知らぬ事だ。
「待て〜!くそ〜!!」
大声で怒鳴りながら走っている。
フェルゼンが貴族にあるまじき言葉遣いになっているのは、ひとえに怒りのせいである。
「おれと替われ〜!!この野郎!」
わたしの身体を返せ〜!!
本当ならそう叫びたいところなのだ。
だが馬の二人は一向に止まる気配はない。
フェルゼンは地団駄を踏んだ。
その様子を見て、まさかアランが外国人騎兵と関わりがあるとは思わないから、ジャンとピエールは、アランが先に行った隊長の馬車に向かって叫んでいると思った。
「自分だって隊長のそばにいたいんじゃないか…」
「アンドレに替わってほしいなんてさ…!」
先ほどアランにぶっ殺すぞと言われたばかりの二人はぼそっとつぶやく。
それを聞いてか聞かずか、フェルゼンは、次に本当に馬車のアンドレに向かって叫んだ。
「パリがどんなに物騒か知っているのか?!おまえのそんな目でのりこめる状態じゃないぞ?」
数度の入れ替わりでアンドレの目の状況を体験しているフェルゼンである。
置いてきぼりを喰らっているにもかかわらず、アンドレのために真剣に叫んだ。
まことに人の良い男だ。
だが、当然この善意も完全無視された。
馬車の姿ははるか遠い。
「くそ〜!人がせっかく親切に心配してやってるのに〜」
またもや地団駄を踏むフェルゼン。
しかしこれも門番二人にはアランが憎まれ口をたたいているとしか思えない。
「アラン、無駄だよ」
「アンドレの替わりはつとまらないよ」
門番の二人は冷静に判決を下してくる。
アンドレの替わりができないことくらいフェルゼンだって百も承知だ。
だが、アンドレの替わり以上に、アランの替わりは、もっとできないのだ。
なんといっても全然知らないのだから。

完全に窮したフェルゼンは、突如、軍服を脱ぎ始めた。
「お、おい、何してるんだよ?」
「アラン、気は確かか?」
「預かっててくれ!」
軍服から剣まで、すべてジャンに押しつけると、フェルゼンは宮殿から走り出た。
「職場放棄は重罪だぞ〜!」
「営巣送りになるぞ〜!」
ジャンとピエールの忠告を後ろに聞きながら、通りすがりの辻馬車を止めた。
「前の馬を追ってくれ!行き先は練兵場だ。礼ははずむ!!」
御者はにんまり笑うと馬に鞭をあてた。
とにかく自分の躰を取り戻さねばならない。
そのためにあの男と再び頭をぶつけるのだ。
それしかない。

だが、質素な辻馬車ゆえ馬も老体で、御者の奮闘も空しく、練兵場に着いたときには、部隊はすでに隊列を組んで出発していた。
信じられないことだが、あの男が自分の替わりを努めているらしい。
部下達も誰一人気づかないのだろうか。
スウェーデン近衛隊の連中はそこまで人を見る目がないのか。
フェルゼンはがっくりときた。
こうなってしまっては、すぐに入れ替わることは難しい。
とりあえず後をつけて、機会をうかがうことにし、御者にそのまま部隊のあとを追うよう伝えた。

全速力で走ってきた馬は、相当疲れたらしく、ゆるゆるとしか進まない。
ただ、部隊のほうも、それほど速度を上げてはいないため、かろうじてあとをついていけている。
やがてスウェーデン近衛隊はパリの街に入った。
ここでなんとかしなければ、もう機会はない。
辻馬車でスウェーデンまで行くわけにはいかないのだ。
フェルゼンは辻馬車を止めた。
扉を開けて路上に降り立つ。
そして金を払おうとして、財布がないことに気づいた。
当然だ。
アランの格好なのだし、しかも軍服を脱いでしまっているわけだから、金目のものなどどこを捜したって出てこない。
あせってあたふたするフェルゼンを御者はうさんくさそうににらんでいる。
「すまん、一筆書くからそれを持ってわたしの屋敷を訪ねてくれ。代金は執事が払ってくれるはずだ」
アランの格好でこの言葉はあまりに場違いだった。
「なんだと!?冗談じゃねえ!乗り逃げする気か?」
御者がフェルゼンの胸ぐらをつかみかけたとき、周囲にいた市民がわらわらと駆け出していった。
気づかなかったが、相当数の市民が路地に身を隠していたのだ。
「貴族だ!」
「貴族の馬車だ」
「引きずり出せ!」
汚れた身なりの男たちが各々棒きれを持って豪華な馬車に襲いかかっていくのが見えた。
「武器を取れ」
「武器だ、武器だ」
そこら中の男達が飛び出していく。
襲われているのがオスカルの乗ったものだとすぐにわかった。
フェルゼンは御者をつきとばして市民のあとを追った。
無賃乗車だがやむを得ない。
御者も馬車の影に身を隠すのに精一杯で追いかけてくる気配はなかった。

一方、スウェーデン部隊の先頭を進む騎兵も、騒ぎに気づいた。
「連隊長、貴族の馬車が襲われています」
いつどこでこの隊列から逃げだそうかと考えていたアランは、馬を止め、前方を確認し、そして目を疑った。
あれはオスカルとアンドレが乗ったものだ。
「ついてこい!」
即座に駆け出した。
部下達も続いて追ってくる。
一班の連中と違い、訓練されている騎兵は、馬の扱いも見事で、片手に剣を持ちながら、残る手で軽やかに手綱をさばく。
一糸乱れぬ動きが心地よい。
統率のとれた部隊の司令官というのはこんなによいものか。
いつか自分にもこういう場があたえられないだろうか。
恍惚とした思いにひたりながら、アランは騒ぎのまっただ中に突っ込んだ。
「彼は貴族ではない、わたしだけだ!」
いきなり聞こえてきた声は、間違いなくオスカルのものだった。
「わたしだけだ。彼は貴族ではない…」
同じような言葉が繰り返し発せられている。
だがその声もだんだん弱まり小さくなっていった。
「ひけいっ、暴民ども!!」
アランは大声で一喝した。
快感…だった。









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パリの奇跡

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