終  焉

【3】

ルイ・ジョゼフが動き始めた。
彼はもはや以前の彼ではなかった。
どうしても話したいことがあると、彼はわざわざ自分で馬を駆ってどんぐり屋敷にひとりでやってきた。
オスカルがバルトリ侯爵と話をした翌日のことである。
実際に物事を動かす手段は持たなかったが、計画を練るための頭脳はあったのだ。
もともとの才があったところに、オスカルの熱心かつ猛烈な薫陶で、見事にその頭脳が開花したわけで、アンドレとしては嬉しいやら悲しいやら、どんな顔でこの素晴らしい計画を聞けばよいのか、真剣に頭を悩ませた。

だがオスカルはアンドレとは全く違う反応を示した。
というか、アンドレよりずっと単純に受け止めた。
つまり、「素晴らしい!」と。
その興奮した声を聞いたアンドレは、自身の反応のどっちつかずを振り捨てて、態度をひとつにしぼった。
つまり、「とんでもない!」と。
だが、三人で話をしているときの恒例で、アンドレの意見に耳を傾けてくれる人はなかった。
アンドレは、ただただ視線だけで自分の意見を表明した。
もちろん二人ともまったく気づいてくれなかったが…。

タンプル塔に王家が幽閉されたのが8月だった。
そして9月には王政が廃止された。
もう奔流だか激流だかもわからない。
とにかく大きなうねりがフランス中を覆っていた。
フランスは王国ではなくなったのだ。
王はいなくなったのだ。
タンプル塔にいるのに…。
もはやそこにるのはカペー氏とその家族らしい。
そういう情報の入手が、とにかく困難になってきた。
ノルマンディーとパリとの書簡の往復を待ってなどいられない。
「すぐにもパリに向けて出立すべきです、先生!」
ルイ・ジョゼフの白い頬が紅く染まる。
はるか東の国では「紅顔の美少年」という言葉があるのだが、ルイ・ジョゼフの容姿はまさにその言葉通りだった。
彼は蕩々と計画を述べ始めた。
ひきこもっている間に、散々考えつくしたと見え、その言は流暢で、これまた東方の島国ならば「立て板に水」と表現されるであろうものだった。
そして次第に聞いているオスカルの頬も紅潮してきた。
こちらはさすがに美少年とは言い難いが、アンドレにすればルイ・ジョゼフよりもはるかに魅力的かつ魅惑的で、この顔で正面から協力を依頼されたら、絶対に断れないな、と確信してしまった。

オスカルはルイ・ジョゼフの計画を最後まで黙って聞き、そして言った。
「よかろう。すぐに動く。」
ルイ・ジョゼフは欣喜雀躍し、アンドレは意気消沈した。
無理もない。
その計画はとにかく遠大で、この華奢な少年のどこからそんな無謀ともいうべき代物が出てきたのかと、聞かされた人は皆一様に思うほどのものだった。
まして第一号で聞かされたアンドレの心中は推して知るべしである。
これからどれほどの準備をし、かつ周囲を説得しなければならないかを思うと、速くもアンドレの心臓は激しく打ち始めるのだった。
一方で、このようにすんなりと容易に受諾されるとは、実のところ発案者のルイ・ジョゼフ自身が想定していなかったので、こちらはアンドレとは全く別の意味で動悸が押さえがたかった。

とにもかくにも、三人がパリに向かうことが、二人対一人の多数決で決定されたのだ。
オスカルはすぐに自室にこもり手紙を書き始めた。
ジャルジェ将軍に、シャトレ夫妻に、アランに…。
草案から清書にいたるその作業だけで一日かかった。
周囲への説明は、決して嫌な仕事を押しつけたわけではなく、適材適所との判断でアンドレに一任した。
彼は相当悲壮な顔つきで何か反論しようと後を追ってきたが、時間が惜しかったので、悪いなとほんの少しばかり思いつつ、自室の扉を閉めた。
要するに前回のパリ行きの拡大版である。
それほどの抵抗はあるまい。
なんといっても、あの時も何の問題もなく、無事帰還したのだ。
良き前例ほど説得に有効なものはない。
アンドレの心配はいつも大げさなのだ。
オスカルは自分の仕事に没頭した。
そしてアンドレは、ルイ・ジョゼフとともにバルトリ家に向かうことになった。
意気揚々としたルイ・ジョゼフと並んで馬に乗りながら、アンドレの表情はどこまでも暗かった。




HOME    BACK    NEXT    BBS