やかましい声の主達を、この狭い、まして衰弱している両親が休んでいる部屋に、入れるわけにはいかない。
クリスはすぐに礼拝堂に向かった。
行きがかり上、アランもそちらに同行した。
神父は夫婦のもとに残った。
そしてすぐにアランは後悔した。
神父と役割を反対にすべきだった。
どうしてそうしなかったのか…。
だが今さら戻れない。
戻ったところで、クリスの親も困るだろう。
間が持たないに決まっている。
やはり看護は旧知の神父にまかせて正解だ。
無理矢理そう思おうとしたものの、だんだん声が大きくなるにつれて内容がより一層明確になり、アランの心は反比例して沈み込んだ。
「軍人だそうだ」
「ベタベタ勲章つけてるらしいぜ」
「クリスもなかなかやるじゃないか」
クリスが礼拝堂の扉を開けると、連中が堂内の中程まで来ているところだった。
ざっと数えたところ6人だ。
全部男で、先頭で一番大声だったのが40歳をこえたくらい。
あとはそれよりかなり若い。
「よお、クリス。帰ってきたのか」
クリスにかける言葉遣いも、いかにも上からだ。
「ピエール、連絡ありがとう。色々お世話になったみたいね」
同様に上からのクリスに、ある意味感心する。
大したものだ。
10歳以上年上だと思われるが。
いつでもどこでもクリスはクリスだ。
「いやいや、とにかくおじさんたちが無事で良かったよ。火の手が上がっているのを見た時はさすがにぞっとしたけどな」
「みんなもありがとう」
クリスは他のものへの感謝も忘れない。
あくまで上からだが。
「おじさんたちは?」
「神父さまがついてくださって、向こうで横になっているわ」
「そうか。何よりだ。あの神父さまは医術の心得も確かだからな」
ジヴェルニーを支配していた修道院は長く病人の収容施設も兼ねていた。
だから、そこで修行した修道士や神父は皆、一定の医療行為を行う技術を持っていた。
ラソンヌ医師やクリスが医術を志したのも、そういう土地柄が少なからず影響しているのかもしれない。
「ところで、そこの軍人さんは、どなただい?」
単刀直入に聞いてきた。
「ラソンヌ叔父のもとで手伝ってくれている人のお兄さん。馬車を出してもらったのよ」
これまた簡潔明快に答える。
「へぇ〜。なかなかの男前だ。それに勲章やらなんやらつけてるところからして、かなりのお偉いさんなんだろう?」
「違うね」
アランが会話に割り込んだ。
クリスが少し驚いている。
実はアランも驚いている。
関わり合いになるつもりは毛頭なかったのだから。
だが、話しがこうも大胆に自分に振られた以上、無視はできなかった。
「違うのかい?」
「ああ、違う。あのバスティーユからこっち、大した功績がなくてもみんなこんなものを付けさせられてるんだ。まあ、はったりだな」
「面白いこと言うなぁ。ここを通る軍人ときたら、みんな自分の手柄話しかしないんだけどな」
「大半は作り話か、誰か別の人間の話だと思っていい」
「なるほどな…」
ピエールと呼ばれた男は感心したようにうなずいた。
完全に意表を突かれたようだ。
「あんたこそ、誰なんだ?」
アランは逆に問い返した。
「父の姉さんの子。わたしの従兄よ」
クリスが答えた。
「ピエールというの。ピエール、こちらはアラン」
後になってしまったことをわびながら、クリスは皆にアランを紹介した。
「それからピエールと一緒にいるのは、皆、親戚でこの村に住んでいるわ」
残りの5人が各自名乗っていった。
一度に言われても覚えられるものではない。
というか、覚える必要もないだろう。
アランは、適当に挨拶を返した。
「こんなところまで、わざわざ送ってくれるからには、それなりの相手なんだろう?前に縁談を断ったのも、この軍人さんのせいか?」
ピエールという年上の従兄は、どこまでも詮索好きらしい。
パリのおばさん達と全くかわらない。
アランはあきれかえった。
「全然違うわ」
クリスはにべもなく返す。
「隠さなくてもいいじゃないか」
若手のひとりが声を上げる。
「隠してなんかいないわ。違うから違うと言っているのよ」
「だって2人でパリから来たんだろう?2人だけで…」
「わたしが1人で行くのは危険だからと、マダムが、ああ、アランのお母さまだけど、マダムが護衛に付けてくれたのよ」
そうだ、断りようのない命令だったんだ。
アランは母の顔を思い浮かべた。
さらにディアンヌも…。
二人してひとの休暇を使い放題してくれたのだ。
「ほぉー!親も公認か…」
「あのね、そういう問題ではないの。バリも街道筋も、本当に危険なのよ」
「クリスはなかなかきつい娘だが、あんた、本当にいいのかね?」
完全にクリスを無視して、ピエールが親切ごかしにアランに聞いてくる。
「別にいいも悪いも、俺には関係ないことだ。クリスは医師としての仕事ができる。ただそれだけだ」
「医師の腕が気に入ったのか。なかなか変わった好みだな」
「あなたたち、いい加減にしなさい!」
クリスが一括した。
「とにかくアランは、そういう人ではないの」
「じゃあ、なんであの縁談を断ったんだよ?あれを受けていれば、おじさんたちだってあそこまで逼塞することはなかったのにさ。なあ?」
ピエールは若い連中に同意を求める。
皆、口々に賛成する。
「今度の火事だって、なかったかもしれないぜ」
「そうだよ。あのおばさんが料理しようとしたってんだろ?」
「火加減を間違えたって言ってたけど、間違えたんじゃなくて、知らなかったんだよ」
「そうだな。おばさんはいいとこのお嬢さんだったって話しだからな」
「今頃になって家の事なんてできっこないよな」
「これからだって、きっとまたこんなことが起きるぜ」
容赦ない会話が交わされた。
アランは黙っているクリスの心中を推し量った。
身の置き所がない思いだろう。
火事はおまえのせいだ、と宣言されているのだ。
アランは一言いってやりたくなった。
「おまえらなあ…」
と一歩踏み出した時、クリスが踵を返して礼拝堂から出て行った。
礼拝堂には男たちだけが残された。
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※こちらは「悲喜こもごも」のあとの挿話です