昨日の機嫌の良さからうって変わって、今日の隊長は低気圧、いや台風なみの荒れよ
うだ。
ダグー大佐は、できるだけ近づかないよう心がけてはいたが、いかんせん、アンドレがい
なければ、自分が直接言葉を交わす機会は増えざるを得なかった。
その超不機嫌の隊長の話をつなぎ合わせても、アンドレの休暇の理由はよくわからない。
隊長自身がわかっておられないようだ。
何でも伯爵家の領地に伝令に行ったとか、視察に行ったとか。
伝令なら折り返し帰ってくるだろうが、視察だといささか時間がかかる。
伯爵家の馬車に乗らなかったというのなら、視察でしばらくそちらに滞在するのかもしれな
い。
今朝届いた書類の束を抱えて、勇気を振り絞って司令官室に入ると、そこには今まで見た
ことがないほど心細げな表情をした女性がいた。
ダグー大佐を見てあわてて司令官の顔に戻ったが、蒼い瞳はわずかに潤んでいたように
見えた。
「書類なら、その未決箱の中に入れて置いてくれ」
「かしこまりました」
手にした書類を、箱の中にたまった書類の一番下に入れ、ダグー大佐は再び隊長の顔を見
つめずにはいられなかった。
これは、単に仕事量が倍増して不機嫌なだけではないようだ。
そういう物理的なことではない。
もっと精神的なこと、心理的なこと、それが隊長を不安にさせているのだ。
「司令官室にこもっておられては気持ちも滅入って参りましょう。練兵場にお出になってはい
かがですか。今日は天気も良いですし」
そうだ、外で躰を動かせば少しは気分転換になる、とダグー大佐はわれながら名案だと悦
に入りながら隊長に勧めてみた。
隊長も同じことを考えたのだろう。
「そうだな。久しぶりに兵士諸君をしごいてやろう」
そういって立ち上がった。
〈6〉