「ヤー!」
「トー!」
班別にわかれた兵士が、剣の稽古の真っ最中だった。
班長が立会い、2人ずつ組んで順番に手合わせしている。
相当上達したものもいるが、見るに耐えないものもいる。
とくにアラン班長ひきいる1班はひどい。
もともとが体格の貧相なものが多いし、班長の腕が立ちすぎて、勝負にならないうえ、
親切に教えるという柄では到底ないから、ちっとも腕が上がらないのである。
ダグー大佐を伴った隊長は、つかつかと1班に近づいた。
「隊長、どうしたんですか?」
「めずらしい。最近、全然外に出てなかったのに…」
口々に隊長に声をかける1班の連中をジロリと見渡すと
「なっとらん!まったくなっとらん!!いったい今まで何を訓練してきてたんだ?そんな 腕
で実戦になったらひとたまりもないぞ!」
と一括した。
アランがびっくりしてダグー大佐に目をやると、大佐は神妙な面もちでうなずいている。
いきなり怒鳴られてシュンとなったその場をほぐそうと、ジャンが明るい声で無邪気に尋
ねた。
「あれ、隊長。アンドレはどうしたんですか?確か今日から帰ってくるんじゃなかっ たん
ですか?」
ダグー大佐が今度は激しく首を横にふった。
どうやら言ってはいけないことだったらしい、とアランが気付いたときには遅かった。
「そんなことは今関係ない。さあ、ひとりずつ稽古をつけてやる。ジャン、まずはおまえだ
」
あわれなジャンは、日頃の班長の訓練より、さらにさんざんに痛めつけられ、隊長の信奉
者として、これは俺たちへの隊長の深ーい愛情の賜物なんだと、喜ぼうとは思いながらも、
最後は地面に転がってしまった。
「次、フランソワ」
細身ながらもジャンよりは身長のあるフランソワは、幾分まともに立ち会うことができたが
もとより相手になるはずもない。
剣は高く遠くとばされあえなく勝負はついた。
いったいどうしちまったんだよ。
隊長、なんでこんなに激してるわけ?
俺たち、なんか悪いことしたか?
隊長がかわいい部下に殺気立ってる。
兵士諸君の胸の内は疑問のオンパレードだ。
これは、確かに隊長には気分転換になったかもしれんが、部下たちには気の毒だった。
こういう展開は予想できなかった。許せ、兵士諸君。
とダグー大佐が心の中で侘びているなどとは、思いもよらず、1班はことごとくうち砕け、
「アラン、おまえほどの腕前の班長が、もうちょっとましに鍛えてやれんのか」
と、今度は班長に風向きがかわった。
日頃のアランなら、班員の面前でこう言われたら、一歩も引かないところだが、隊長がカッ
カしているぶん、今日のアランは冷静だった。
これは何かある、この人は本来八つ当たりなんぞするひとではない。
まして自分の部下に当たり散らすなどとは考えられない。
なにかよっぽどのことがあったんだ。
それに、いつもならその八つ当たりがいく、おそらくこの世でただひとりの奴がいない。そう
か。そういうことか。フフン。
「申し訳ありません」
アランは素直に謝罪した。
「えらく殊勝だな」
「いや、ここまで完璧に隊長に打ちのめされたんじゃ、なにも言えません」
このことばはさすがにオスカルの胸を打った。
落ち着いて見渡せば、まだ立ち上がれないものもいる。
顔が青ざめたままぐっしょりと冷や汗をかいているものもいる。
自分としたことが、いくらイライラしていたとはいえ、なんと浅はかなことをしてしまったのか。
兵士達にどんな罪があったというのか。
久しぶりに剣を振り、ようやく高揚した気分になりつつあったオスカルは、一転、急降下して
、目をふせ、小さな声で言った。
「すまなかったな。ちょっとやりすぎた。しばらく休憩して、みなを休ませてやってくれ」
「わかりました」
後ろをついていこうとするダグー大佐を手を振って断り、隊長は力無く引き上げていった。
それを気遣わしげに見送った後、ダグー大佐はアランに
「よく対処してくれた。すまなかったな」
と、声をかけた。
「いったい何があったんです? 」
「ん‥。まあ、いろいろとな」
「アンドレの調子が悪いんですか??」
「いや、そうではない。彼はもういいようだ」
「じゃ、なぜ戻ってこないんですか」
「それが、よくわからんのだ。どうも伯爵家の事情で遠くに行ってるらしいが…」
「ひょっとして、隊長も知らないんじゃないですか?」
「えっ‥!なんでそう思う??」
「知ってたらあそこまで荒れないでしょう」
ふーむ、なるほど、こいつなかなか人を見る目があるな、と大佐は妙に感心した。
隊長の大荒れの原因はまちがいない。
アンドレがいないってことだ。
まあ、あれだけいつもいつもくっついてりゃ、いなけりゃ具合が悪いんだろうよ。
だが、それはアンドレの方もおんなじはずだ。
あいつ、なんで隊長のそばを離れたんだ?
アランにはその方が疑問だった。
〈7〉