部屋の扉が開き、ブランデー持って入って来たのは、ジャルジェ夫人だった。
オスカルの蒼い瞳が大きく見開いた。
「は、母上!」
「飲み過ぎは躰に毒ですよ。いつもばあやに言われているのでしょう」
「あ、は、はい。しかし何故母上が…?」
「あなたの部屋へ来ようと思って、廊下を歩いていたら、これを持った侍女に会ったのです。
ついでだから私が受け取って持ってきました」
「…」
「でもね。オスカル。これをこのまま飲み続けるかどうかは、私の話を聞いてからにしていた
だけないかしら?」
「どういうことですか」
あまりに意外な事の展開にオスカルはまだ呆然としている。
母が自分の部屋に来ることなど、めったにない。用があれば、自分が呼ばれるのだから。
わざわざ出向いて来られるなんて…。
何の話だろう?
夫人はオスカルの向かいに、テーブルをはさんでゆっくりと座った。
「アンドレのことですが…」
−ズキーン!!−
一瞬胸を打たれたかと思ったほどの痛みがオスカルを襲った。
その顔を静かに見つめながら、夫人は話し始めた。
それは、ここまで大概驚いていたオスカルにさらにとどめをさすには充分に衝撃的な話だっ
た。
−アンドレの右眼…右眼…かすんで、時々見えない…。馬鹿な…、何故私に言わない?
何故私は気付かない? いや、おかしいと思った時があった。
銃をとりそこねて、手探りでさがしていた…。
それで剣で襲う真似をしたんだ。
でもあのとき彼はえらく怒って、見えていると、あたりまえだ、と言った。
私はそれっきり…。
「オスカル、聞こえていますか」
夫人の声が続く。
「父上がお気づきになって、ラソンヌ先生にお尋ねすると、今なら治るとのことでした。それ
で、アンドレをパリの先生のお宅にやったのです」
「パリ…。アンドレはパリにいるのですか…?」
「ええ。でも、あなたにこんなことを言うと、きっと自分を責めて苦しい思いをするでしょう。
だから内緒で…。けれど今日、先生からお手紙が来て、治療は無事に終わりそうだから、アンド
レは明日にも帰れるでしょう、と。もしできれば誰か迎えをよこ してもらえないか、というこ
とだったのですよ。確かに治ったばかりで、ひとりで辻馬車を拾って帰ってきなさいというのは
、危ないですからね」
ガターン!!
椅子がひっくり返った。
正確にいうと、オスカルがいきなり立ち上がったので、彼女の座っていた椅子が後ろにひっく
り返ったのだ。
「オスカル…?」
「私が行きます!母上、行って参ります!」
言うなり、オスカルは部屋を飛び出していった。
「まあ、あなた、お迎えは明日ですよ。聞こえてないわね」
やれやれ、と、夫人はオスカルにつられて立ち上がりかけていたのをやめ、もう一度座り直し
た。
ああいうところが父親譲りなんだわ、頭より先に体が動いている。
全然自覚はないんでしょうけど…。
あっ、もしかしてあの子、馬で行ったんじゃないかしら?
馬車でなけりゃアンドレを連れて帰ってこれないのに…。
明日、誰かをやらないと…。
夫人は静かに明日の手配を考え始めた。
〈9〉