6月です(すでに半ばすぎてますが)。百合忌です。当サイトとリンクしていただいているちまさまのお宅からすんばらしいバナーを拝借して参りました。
アランの切ない心情を容赦なくえぐりだしてこそ百合忌でございます。
合掌
(百合忌とは、一言も発せず、態度だけで恋情をぶつけ、一瞬で撃沈したアランの告白記念日に付けられた6月23日の異称です。)
暗くじめじめした牢獄にいると、時間の観念がなくなる。
壁の高いところに、小さな明かり取りの窓があり、そこからの日差しで、かろうじて昼夜の区別だけはつけることができた。
アランの計算では収監以来3日が過ぎ、まもなく4日めの朝がくるはずだった。
つまり、今は夜明け前ということだ。
仲間は、皆からだを横たえている。
だらだらと寝ていては健康を損ねるから、たとえ正確にはわからなくとも、寝る時間と起きる時間を区別しようとアランが言い、皆で実行していた。
もちろん、横になっているからといって眠っているわけではない。
アランがこうして起きているように、眠れず悶々としている者のほうが多いかもしれなかった。
だが、小窓の外が闇におおわれている間は、皆起き上がることはなかった。
食事はときどき出た。
日に二度のときもあれば三度のときもあった。
看守の機嫌次第のようで、当然ながら粗末なものだった。
これなら、兵舎の食堂のほうがよほどましだと誰もが思った。
一日中身体を動かすことができないのに、じっとしていても腹が減るのがおかしかった。
人の身体というのは不思議なものだ。
これで12人分とは到底思えぬわずかな量だったが、均等に分けて食べた。
次にいつ出されるか分からないから、全部を食べずに残しておく者もあり、逆にいつ引き立てられて銃殺になるかわからないから、きれいに食べ尽くす者もいた。
アランはきれいに食べた。
いつ殺されるかわからない、と思ったからではない。
いつ釈放されてもいいように、との考えだった。
隊長が必ず助けに来る。
だから、そのときに、いつもの自分でいられるように、食べられるものは食べ、寝られるときは眠り、体調を万全にしておきたかった。
一方で隊長自身は何も食べてないのではないか、と案じられた。
眠っていないのではないか、と心が痛んだ。
こんな牢獄で自分が心配したところで、なんの益にもならないことは承知していたが、思いをめぐらさずにはいられなかった。
母やディアンヌのことではなく、隊長のことばかり考える自分が腹立たしかったが、3日もすると慣れた。
どうせすることがないのだ。
いやというほど思っていればいい。
開き直りだった。
ここにいる連中や、貴族とはいえ最下級の自分などと違い、隊長が命令違反をするのは、相当大きな葛藤があったに違いない。
王妃の寵臣だった人だ。
個人的な思いもあるだろう。
近衛連隊長を務めてきたという役目にともなう義務感もあっただろう。
そして何より、保守的な帯剣貴族の家で育ったという、骨身に染みた感覚があったはずだ。
何がそれらを振り払わせたのか。
立ちふさがる幾多の壁を乗り越えさせたのは、何だったのか。
軍服を見事に着こなし、背筋を伸ばし、長い髪を翻して指揮を執る。
良く通るやや低い声が、号令を下す。
怒りに震える瞳や、苦悩にあふれたまなざし。
だが弱みは見せない。
指揮官だから。
上官と部下だから、アランは隊長のその顔しか知らない。
どんな子どもだったのだろう。
さぞや小生意気だったろう、と思うとおかしくて、フッと笑いが洩れた。
負けん気が強そうだから、周囲は手を焼いただろう。
アンドレなんぞ、振り回されっぱなしだったに違いない。
と思ったところで、急に心が萎えた。
アンドレのことなど思い出したくなかった。
誰があんなやつのことをわざわざ牢獄で考えてやるものか。
だが、哀しいかな、隊長の姿を思い浮かべるとき、決まってあいつの影がつきまとう。
うっとうしい野郎だ。
したり顔で、おまえ、若いな、と笑いやがる。
ああ、嫌な奴のことを思い出しちまった。
「好きだからいじめてしまう。ケツの青いガキのすることだ。」
大声で笑い、頬を指ではじきやがった。
畜生!
年上がそんなにえらいか?
ガキで悪かったな。
年下で悪かったな。
ガキと言ったのはアンドレで、年下なんぞ、と言ったのは隊長だ。
ケッ!
似たようなことを言いやがる。
一緒に育つと似るのか?
だが、自分とディアンヌは全然似ていない。
男と女だからか?
いや、隊長とアンドレも男と女だった。
男と女…。
幼馴染みでもなく、上司と部下でもなく、主人と従者でもない。
だが、いつも一緒にいる男と女…。
アランは乱暴に寝返りを打った。
隣のフランソワと目があった。
「起きてたのか?」
「ああ。あんまり眠れなくて…。アランも?」
「まあな。」
ここで熟睡できるほど肝の据わったやつがいたらお目にかかりたい。
眠れなくて当然だ。
「隊長のことを考えてたんだ。」
フランソワがぼそっと言った。
ドキリとした。
おまえもか、と言いかけてあわててやめた。
「きっと俺たちのために動いてくれてると思うんだけど、寝てないんじゃないか、と思って…。」
そこまで同じ事を考えてたのか…。
心中複雑なアランである。
「でも、きっとアンドレが無理にでも休ませてくれてるだろうと思ってさ。」
「…。」
「そう思ったらちょっと安心したから、俺、寝るわ。」
フランソワはゆっくりとまぶたを閉じた。
本当に本当に、どうして、誰の頭の中ででも、あの二人はセットなんだろう。
アランはぶつけないようのない苛立ちに、目がさえ渡り、大きく深呼吸をして自分をなだめなければならなかった。
羨望、嫉妬、やっかみ、やきもち、…ああ、どんどん言葉が俗っぽくなっていく。
しかも、そのほうが自分の気持ちに近くなる。
そして自己嫌悪。
窓の外がほんの少し明るくなっていた。
夜明け前が一番暗いと誰かが言っていた。
だとすれば、今、そこを通り過ぎたわけだ。
闇が光りに変わっていく。
新しい朝が来る。
思うだけなら、誰にも迷惑はかからない。
ただ思うだけ、ただ慕うだけ。
アランは、今一度瞳を閉じた。
せめて夢の中では、と願いつつ…。
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