「なんだ、これは?」
アンドレは、目を点にしながらオスカルを見た。
「素晴らしいだろう。われながらよくもあの姉に対してここまでへりくだったものよ、と思うが、この際だ。背に腹は代えられん」
「オスカル、毒というのはこれか?」
「そうだ。ル・ルーにはジョゼ姉をもって制す…。見事な作戦だろう」
「うーむ…」
「言葉も出ないか?」
オスカルが楽しそうに言うのを聞きながら、アンドレは肩の力がどっと抜けていくのを感じていた。
「とりあえず一ヶ月。この一ヶ月、ル・ルーの世話をジョゼ姉にしてもらえれば…。どうだ?姉上は受けると思うか?」
「さすがに性格を知り尽くした巧みな文だとは思う」
全く違う方向に働いていた頭のベクトルを、急いでオスカルのそれにあわせて、アンドレは言った。
「そうだろう。ジョゼ姉は、あんなに勝ち気でありながら、なぜかマリー・アンヌ姉上とカトリーヌ姉上には引け目を感じていて、あの二人より褒められると驚くほど喜ぶのが常なのだ」
「それで、あえてお二人を引き合いに出したというわけか」
「そうだ。しかも…」
「未来の王妃の指導、お妃教育など、ジョゼフィーヌさまのツボをチクチクとついている」
「その通りだ。さんざん戦ってきたからな、弱点は知り尽くしている」
「なるほどな…」
「ル・ルーもジョゼ姉との対決となれば、片手間ではいくまい。本気でかからんとな」
「で、ル・ルーの目をジャルジェ家からそらすのだな」
「そうだ。世相乱れた日々、自宅に戻ってまで嵐に遭うのはかなわん」
「手紙はもう出したのか?」
「ああ。今朝のうちにジョゼ姉のもとに届けるようラケルに命じてきた」
「成功を祈るよ」
アンドレは、立ち上がって、食べ終わった昼食のトレイを二人分重ねた。
「おまえが夜勤だったからな」
オスカルがポツリと言った。
「夜が長くて、色々考えていた」
アンドレから返された下書きを引き出しにしまいながら、いたずらの言い訳をする子どものような口調でオスカルは付け足した。
「素晴らしい思いつきだと思うぞ。こんな風に名案が浮かぶなら、俺は頻繁に夜勤をするはめになりそうだ」
アンドレは冗談めかして言った。
だが、すぐに真顔に戻り、
「それは勘弁してほしい」
と、付け加えた。
毒ということばに、あのように反応したのは、おそらく夜勤のため、オスカルの側を離れたからだ。
こうして一緒にいれば、罪を償うことができ、天罰を恐れることもないだろう。
情けない話だ。
俺はこんなにも臆病だったのか。
あの罪に見合う罰が来ることにこんなに怯えている。
自分を責めるアンドレは知らず知らず、遠いところを見ていた。
「おまえが夜勤のときは、わたしも帰らないようにする」
オスカルが一気にアンドレを引き戻した。
「できればシフトを完全に一致させたいが、そうもいかない。だが、おまえはわたしの夜勤にすべてつきあってくれているのだから、これからはわたしもおまえの夜勤の時はここに残る」
オスカルは非常に事務的に、淡々と話を進めた。
内容は、結構甘いものだと自分でも理解していたが、ここは司令官室だ。
通常の表情と声音で、アンドレに思いを告げられるほどには成長している。
そしてこういう言い方をしている間は、アンドレも理性の鎧を堅固にまとい、彼女以上に事務的に応答するのが、二人の暗黙の了解事項だった。
だが、この日の彼は違った。
アンドレは突然、司令官室の椅子に座る彼女の背後に回ると、その細い身体に両腕を回し、白いうなじに自分の顔をうずめた。
熱い息が耳元にかかり、オスカルの全身を硬直させた。
驚愕と官能が同時に彼女を襲い、しばしの沈黙ののちやがて理性が勝利を告げた。
彼女は胸の前で組まれた彼の腕に手をやると、そっと撫でた。
そして、しばらくそれを繰り返した。
「何かあったのか?」
正面を見たまま尋ねた。
だが、彼は答えず、すっと腕をほどいた。
それから重ねた二人分のトレイを持った。
「返してくる」
彼は短く言った。
「ああ、メルシ。早く戻れ」
彼女も短く答えた。
扉のところまで行ったアンドレが振り返り、おおらかに笑った。
「俺の方こそ、メルシ、オスカル」
それを見てオスカルもこぼれるように笑った。
終わり
※この続きの小品に隠し扉から入ることができます。
入口はこのページのどこかです。
すぐわかります(^o^)。
毒 を も っ て…