宴 会
-2-

フランソワ・アルマンは非常に気の良い男である。
同僚には親切、上司には従順、今のところ部下はいないが、もしもいたら寛容。
こんなに気配りのできる男は、そんじょそこらにいるものではない。
というのが、世の中に賛同してくれるものが何人いるかは知らないが、他ならぬフランソワ・アルマンの自分自身に対する評価だ。

そのフランソワが最近気になることがある。
班長アラン・ド・ソワソンのことだ。
アランとのつきあいは長い。
もう3年になるだろうか。
フランソワが、生活費目当てで衛兵隊に入った時、アランは馬に乗った将校だった。
士官学校を卒業し、見習士官としてダグー大佐付きを命じられていたアランは、すぐれた剣の腕を持ち、将来的にはかなり有望な青年将校だとの噂が流れていた。
つまり、住む世界の違う男だったのだ。
だから、言葉をかわすこともなかった。

だが、ほどなくしてダグー大佐が、衛兵隊員の剣の腕を向上させようとアランに隊員の剣術指導係を命じたことから、士官と隊員が接する機会が生まれた。
そうなってからよく見ると、アランは着ているものもさほど上等ではなく、どちらかというと粗末で、また立ち居振る舞いが特別優雅というわけでもなく、貴族だと権威ぶる風もまったくなかった。

取っつきやすいタイプではなかったが、そこは年の近い若者同士、さらには同僚の士官よりは、フランソワたち平民のほうが心を許せるようで、少しずつ親しくなり、時には飲みに行ったりもするようになった。
そして酒場で互いの身の上話がポツポツと語られるようになって、貴族にも貧富があることや、父がいないこと、妹と母を抱えて生活はなかなか厳しいことなど、アランの抱える事情がわかってきた。
もちろん、自分のほうも、もっと貧しい家庭で、弟がいること、靴を買ってやりたいこと、口減らしの様な形で軍隊に入ったことを、飲みながら話した。

やがて入隊から2年ほどした頃、アランが、妹に手を出そうとした隊長に一発食らわしあごを砕くという大事件が起きた。
本来なら即刻軍事裁判で、下手をすれば命も危なかったが、原因が原因だけに、ダグー大佐が内々に奔走して、不届きな隊長は地方に転勤し、アランは降格処分となった。
つまり、フランソワと同じ一兵卒になったのである。

この頃のアランの荒れ具合はすごかった。
生涯昇進できないと決まったのだから無理もない。
士官であればこそ、身分や階級はともかく役職はつく可能性があったのだ。
一兵卒になってしまったら、一生うだつが上がらない。
安月給に甘んじるしかないのだ。
いたく同情したフランソワは、こんな時こそ、と友情を発揮した。
とにかくアランにかまい続けたのだ。
だが、声をかければ無視され、肩に手を触れればはね返され、待ち伏せすれば逃げ出された。
とりつく島がなかった。
しかし、フランソワはあきらめなかった。
このあたりがフランソワの真骨頂である。
粘り強くアランに関わり続け、時には家まで押しかけ、ついに根負けしたアランは再びフランソワとは飲みに行くようになった。
それまではまがりなりにも士官だから敬語を使っていたが同僚になったのだから、それもやめた。
ため口で言いたい放題につきまとってやった。
すべて善意。
すべて好意だった。

そのうちフランソワの仲間も、事情は知っているし同情もしていたので、一緒に飲みに行くようになった。
そしてアランの精神状態が安定したころ、ダグー大佐が衛兵隊の編成替えを発表し、フランソワの仲間が一班にまとめられ、班長にアランが任命された。
荒れ果てた衛兵隊を立て直したいとのダグー大佐の苦肉の策ではあったのだろうが心憎いばかりの配慮だった。
フランス衛兵隊ベルサイユ駐屯部一班はこうしてできあがったのである。
だからフランソワは、一班の陰の班長は自分だと信じて疑わなかった。
またそうであればこそ表の班長の様子にもしっかりと気を配る必要があるとの信念を持っていた。
つまりは、同僚たちの動きを常時監視していたのである。

そのフランソワから見て、最近のアランの様子はどうもおかしい。
ディアンヌの失恋から自殺未遂にいたる騒動もすっかり落ち着き、隊長への反抗的な態度も身を潜め、真面目に任務に励んでいるように一見すると映るが、その実、何をしていても上の空という部分があり、何かに気を取られているようなときや、考え込んでいる時もあった。
世の中全てが欺されても、このフランソワさまの目だけはごまかされないぞ。
フランソワは自分の見立てに絶対的自信があった。
要するにアランは病気だ。
それも重症の病気。
病名は恋煩い。
あのアランが、見かけからは想像もできないほどかわいらしい病気にかかってしまったのだ。

古来、恋煩いというものの治療法は決まっている。
相思相愛になることである。
ところが、アランの場合、それは不可能だ。
つまり、治療法は無しということ。
とすれば、他の相手を見つけるか。
無理だな。
なんといっても、隊長より美形を探すのが難しい。
では日にち薬か?
だが、これは恋愛対象と距離を置ける場合に可能なのであって、毎日顔を合わせていれば恋心は募る一方だ。
こうなるともはや残された手段はただ一つ。
撃沈、つまり失恋することである。
こっぴどく振られてしまえば、望みがないのだからあきらめるより他、道はない。
もやもやとした気持ちをこっぱみじんにくだくためにも、盛大なる失恋をさせてやらねばならない。
そのためには、まず告白だ。
それが必須条件だった。
アランが隊長に告白する機会を作ってやろう。
そして隊長にきれいに振ってもらおう。
心優しい、そして天下一品おせっかいなフランソワは、親友であるアランの為に、すぐ行動に出た。

その日食事当番であるフランソワは、司令官室に意気揚々と向かった。
隊長はせっせと書類にサインをしていた。
そしてその向かいでアンドレが、できあがった書類の整理にかかっていた。
ちょっとまずいな、とフランソワは思った。
アンドレがいるのは、よろしくない。
なぜなら、アンドレも隊長にほれているからだ。
つまりアランとアンドレは、恋敵なのだ。
そのアンドレの前でアランを失恋させるのはあまりに哀れだ。
できればこっそりとアランの恋を葬ってやりたい。
とすると、隊長が一人になるよう場面を設定しなければならない。
フランソワは、困った。
アンドレのいないときに隊長に声をかける必要がある。
だがアンドレは、いつだって隊長のそばにいる。
困った。

すると、アンドレが突然、と言うわけではないのだろうが、フランソワには突然に見えたのだ。
とにかく、アンドレが席を立った。
「とりあえず、できた分だけでも近衛隊に届けてくる。当面これでこちらはいけるはずだ」
「うむ。そうしてくれ」
あっさり隊長が許可して、アンドレは呆然とするフランソワの前を通り抜け、司令官室を出て行った。
これは僥倖だ。
恩恵だ。
神の恩寵だ。
フランソワは興奮した。
「た、た、隊長!」
ひっくり返ったフランソワの声に、オスカルが驚いて、ペンを走らせていた手を止めた。
「どうした?」
「お、お、おりいってお願いがあります!」
どもるのはジャンの専売特許かと思ったが、フランソワにもその傾向があったのか。
オスカルはフランソワの緊張を解くべく、にっこりと笑ってやった。
よし、今だ。
フランソワは食事のトレイを隊長の前に置くと、直立して言った。
「こ、今度、い、一緒に飲みに行きませんか?」
よし、言えた。
「白山羊亭か?」
オスカルが一班行きつけの店の名前をあげた。
以前、ディアンヌの自殺未遂騒動のあとで、一班の連中とオスカル、アンドレで飲みに行ったことがある。
ナタリーという美人がいて、どうやらアンドレにご執心だった。
シモーヌという新入りもアンドレに気があるようだった。
そういう記憶の店である。
「あっ、いえ、白山羊亭ではありません」
そんな衛兵隊行きつけの店に行けば、誰に会うかわからない。
ひっそり失恋のはずが、衛兵隊員面々の前で恥をかかせることになる。
それは駄目だ。
「ほう、ほかにもいい店があるのか?」
「はい!パリにはいくらだってあります!」
「面白い。よかろう。アンドレに聞いてわたしが行けそうな日を設定してくれ」
「あっ、それは駄目です!」
言下に否定され、オスカルは面食らった。
「アンドレはちょっと…」
「うん?アンドレがいるとまずいのか?」
「はい。その、アンドレのことで相談したいから…」
大嘘だ。
だがとっさにそれしか理由が思いつかなかった。
だが、これが功を奏した。
アンドレのことで、と言われたオスカルは一も二もなく了承した。
「わかった。では内密に日程を決める。決めたら連絡する。それでいいな?」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
フランソワはペコリと頭を下げると、すぐ退室した。

その後ろ姿を見送って、オスカルは考えた。
アンドレにばれないようにフランソワと飲みに行く。
そんなことが可能だろうか。






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