ジャルジェ家では、オスカルの休暇の日は、静かにするという暗黙の了解がある。
近衛の頃には、こんなものはなく、将軍もオスカルも、出勤日、休暇を問わず、判で押したように規則正しい生活を保っていた。
だが、衛兵隊に移ってから、めったに休暇が取れなくなり、オスカルの疲労の色が濃くなるにつれて、夫人が、努めて静かに過ごすよう使用人一同に言い渡した。
将軍は変わらず規則正しい生活を送ればいいが、オスカルについては、本人の好きにさせると決めてくれたのだ。
おかげで、たまの休暇には、オスカルはゆっくりと睡眠を確保するのがならいになった。
オスカル自身が起き出すまで、誰も起こしに来ることはない。
朝食も取っても取らなくても自由だ。
これは本当にありがたい配慮だった。

ところが、この日の休暇は、その母上に起こされるところから始まった。
「カトリーヌの屋敷へ行きますよ。早く仕度なさい」
上品な夫人ゆえ、掛布をはぐようなことはしないが、ぼんやりとオスカルが薄目を明けると、母の顔が間近にあって、飛び上がるほど驚いた。
「こんな時間から行くのですか?」
まだ頭が正常に起動していないようだ。
「もう日は高く昇りました。このままでは日が暮れてしまいますよ」
びっくりしてあたりを見回す。
置き時計を見ると正午が近い。
日暮れには遠いが、確かに日の出からも随分経っている。
「すみません!」
オスカルは寝台から勢いよく降りた。
侍女が着替えを用意している。
軍服ではない。
今日は休暇だから当然だ。
されるがままに袖を通した。
「アンドレは?」
さりげなく尋ねる。
夕べ眠る時は隣にいたはずだが、今は痕跡すらない。
夜中に自室に戻ったのだろう。

「さきほど執事さんの部屋に呼ばれていました」
「パリに出ると言っていたが、まだいるのか?」
「はい、そのようです」
侍女が答えながら器用にオスカルの髪を整える。
「アンドレも連れて行きますか?」
夫人が微笑む。
「いえ、あいつは時計を修理に持っていくそうです」
「ああ、あの懐中時計。ばあやが嘆いていましたものね。そう、アンドレが修理に出してくれるのですか」
「そう言っていました。親の形見ですから、直るといいのですが」
「そうですね。さて、仕度ができましたか?」
夫人がオスカルにではなく侍女に聞いた。
侍女は完璧に仕上がったオスカルを見て、誇らしげにうなずいた。
「では参りましょう。馬車はもう正面に回しています」

どうやら朝食は抜きのようだ。
どうせカトリーヌのところで午餐にあずかるのだから、そのほうが都合が良い。
車寄せに出ると、アンドレも見送りに出てきていた。
さりげなく視線をあわせ、スッとそらす。
それから思い直して、声をかけた。
「おまえも出なくて良いのか?」
「ああ、まだお屋敷の仕事があるから。出るのは夕方近くになりそうだ。今夜はだんなさまもお出かけのようだから、夜のほうが時間が取りやすいんだ」
主人一家が屋敷で食べないなら、使用人たちは暇になる。
皆、羽を伸ばせるわけだ。
「そうか。気をつけていけよ。夜のパリはなかなか物騒だ」
心配してやっているようでいて、実は自分もパリに出るつもりのオスカルである。
時計屋には近寄らないようにしないと、うっかり顔を会わせたら大変だ。
自分で自分に言い聞かせた。
「ああ、もうこりごりだからな。気をつけるよ」
話を合わせつつ、パリの夜を男二人で楽しむつもりのアンドレは、おくびにも出さず苦笑いをして見せた。

馬車の扉が閉じられ、ギシギシと車輪が回り出した。
使用人がそろって頭を下げる。
馬車が門を出ると、皆ぞろぞろと持ち場に戻っていく。
アンドレも急ぎ足で馬小屋に走った。
パリに行くための馬を一頭確保する必要があるからだ。
厩番のジャンが栗毛の馬を洗っていた。
いつもオスカルの馬車を引く馬だ。
今日は夫人のお伴だから、この馬は留守番ということらしい。
「今日の夕方、こいつに乗ってもいいかな?」
「ああ、大丈夫だ。どこまでだい?」
「パリの時計屋」
「ああ、修理かい?」
ばあやはよほど時計が壊れたと騒いでいたのだろう。
説明の手間が省けてありがたいが。
「早く直さないとうるさいんだ」
「ご苦労さん。いつでも連れ出しに来いよ」
「メルシー!」

これでパリまでの足は確保できた。
オスカルも機嫌良く出かけた。
アンドレは厩を後にして、厨房に回った。
手早く仕事を片付け、夕暮れになったら出発だ。





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