「面接ですか?」
怪訝な顔をしつつダグー大佐はオスカルの本心を探ろうと一呼吸
彼は決して慌てない。
性急なオスカルに対し、いつも穏やかに接する。
「兵士諸君についてもっと知りたいのだ。ひとりひとりを知った上で指揮を取りたい」
有無を言わせぬオスカルのまなざしに、ダグー大佐はすぐ白旗をあげた。
「ご随意に…」
大佐の回答にオスカルは満面の笑みを浮かべた。
賢明な判断だとアンドレは思った。
さすがである。
ここで下手に逆らって議論に及べば、今日大佐が予定していた仕事の半分はとんでしまう。
そして間違いなく大佐は今夜帰宅困難者となるのだ。
面接などという突拍子もない発想が、いったいどこから湧いてきたか。
などと詮索する時間すら惜しいくらいの昨今の情勢を鑑みれば、要するにやりたいようにやらせるのがもっともコトを穏便かつ迅速に進める方法だった。
大佐はそそくさと司令官室を出ていった。
まったくもってオトナである。
充分に見習うべきだ。
長居は無用との大佐の判断をアンドレは高く評価した。
オスカルはさっそく先ほどアンドレにつきつけた面接予定表を掲示板に張り出した。
案の定、すぐさま人だかりができた。
何を今さら…というのが大体の反応だった。
だが、隊長と一対一というのは、なかなか魅力的であったらしく、表だって抵抗したのはアラン一人だった。
当然、その声は無視され、まだ寒い風が窓を打つ1月末、面接は始まった。
順番は一班から、アルファベット順とされていて、つまりアランからだった。
「なんで…」
アランは不満と怒りと期待の入り交じった顔つきで司令官室に入った。
正面にオスカル、脇机にアンドレがいた。
一対一じゃねーのかよ…!という恨み言をぐっと飲み込む。
そのアランの思いを察したのはアンドレだった。
「言った言わないにならないよう俺が書き留めておく」
そのためにいるのだと暗に知らせたつもりだ。
「公平に頼むぜ」
アランが言い放つ。
「あったりまえだ!」
ムッとしてアンドレが少し大きな声を出した。
「へん、どうだか…」
アランは鼻で笑った。
「失礼な奴だな」
小競り合いが始まったところでオスカルの雷が落ちた。
「面接官はわたしだ!書記がしゃべるな」
アンドレが叱責されるのを見てアランは溜飲を下げた。
「じゅあ、とっとと済ませてください」
面接される側としてはなかなか横柄だ。
「まあそう慌てず、そこに座れ」
オスカルが指さした椅子にどっかりと座った。
オスカルの正面だ。
左隣には、アンドレがアランの方に机を向けて座っていた。
「生年月日や実家の住所、家族など、すでに書類で出ていることを聞くつもりはない」
オスカルはそれらの資料はすでに熟読し頭にたたき込んでいた。
「衛兵隊の志気はどう見える?」
意表をつく質問だった。
筆記するアンドレの手も止まっている。
これはヒラ隊員に聞くものではない。
せめて士官以上クラスだ。
だがアランはためらいもなく答えた。
「まあまあじゃないっすか」
またまたアンドレの手が止まった。
アランとしては最大級のほめ言葉だった。
「そうか…。どのあたりでそう感じるか、教えてもらえないか?」
非常に謙虚なオスカルの聞き方だった。
アランの舌がなめらかになる。
「夜勤のときに、眠そうな奴が減りましたからね」
「ほう…。以前は?」
「半分は出てこなかった。点呼だけ受けて、あとは適当にまわしてました」
事実だとすればベルサイユ宮殿の警備ははなはだ危ういものだったわけである。
王妃が夜な夜な密会できるはずだ。
などと、どうでもいいことをアンドレは思った。
「一班はあまり腕っ節の強い奴がいないようだが、班長として何とかしようと思うことはないか」
次は班長としてのアランに聞いている。
「まあ、人間、得手不得手があるから、仕方ないんじゃないですかね」
アランにしては寛大な見方だ。
「なかなか鷹揚だな…」
「下手にしごいて怪我させちゃ意味無いでしょう」
しごくまっとうな意見だった。
「おまえほどの腕なら、いい指導ができると思うが…?」
それとなく自尊心をくすぐるようにオスカルは誘導する。
「やる気が出れば、自然にうまくなる。だが逆に出なければ、どんなに時間をかけて指導してもものにはなりませんよ」
これもいたって正論だった。
「ではどうすればやる気をもたせられると思うか?」
オスカルはつっこんで聞いた。
「身の危険を感じ始めたら、嫌でも練習するでしょう」
「なるほど…」
「兵士が、剣の腕を磨かなくてもいいと思えてるってのは、それだけ必要性を感じてないってことです」
「たしかにそのとおりだ。必要だと身にしみて思えればいいということだな」
オスカルの念押しに、アランは当たり前のことを聞くな、という顔である。
いまひとつ面接の意図を計りかねているようでもある。
「もしおまえが隊長なら、どういう風に必要性を説くか教えてほしい」
オスカルはまた
「口で言ってわかることじゃないですよ。これからどんどんパリに巡回に出るようになれば、そこらじゅうに危険が転がっている。それこそ剣を奪われることだってそう珍しい話ではなくなる。そうすればおのずと我が身を守ろうと練習しはじめますよ」
パリの、いや、フランスの世情が兵士を兵士たらしむる、ということだ。
「おまえは本当にものごとが見えているな」
オスカルは素直に感想を伝えた。
見る見るアランの横顔が真っ赤になった。
アンドレはクスクスと笑いかけ、すぐにそれを飲み込んだ。
だが遅かった。
「てめえ!アンドレ!!何笑ってやがる…!!!」
司令官室に怒声が響き渡った。
「おいおい、アラン、冷静な判断力はどこへ行ったんだ?」
優しいまなざしで見つめられ、アランは黙り込んだ。
自分が反発ばかりしているにもかかわらず、この人は評価してくれている。
自分の意見を尊重してくれている。
すると自然に笑みが出て、口角がゆるんだ。
それからもほとんどアラン個人に関する質問は出なかった。
一班のこと、衛兵隊のこと、パリのこと、そしてフランスのことを聞かれた。
ぼそぼそとではあるが、アランは素直に答えた。
隠すことは何もなかったし、嘘を言う必要もなかった。
思ったこと、考えたこと、そして今考えていることをそのまま答えた。
「20分経ったぞ」というアンドレの声で、面接は終わった。
アランは立ち上がり、ぺこりと頭を下げて退室した。
始まるまでの反発は消えていた。
オスカルもまた、非常に有意義な時間を過ごしたと感じていた。
「いずれ、時代がうつれば、アランは立派な指揮官になるだろうな」
アランが聞けば泣いて喜びそうなことを、オスカルはアンドレに向かって言った。
「もっと無鉄砲な奴かと思っていたが、意外に冷静だな」
アンドレも、オスカルに賛成した。
オスカルはわが意を得たりとうなずいている。
面接第1号は思いの外順調に終えることができた。
オスカルは大満足で、アンドレにショコラを要求した。
※ このお話も第1部の「パリ巡回」前後に入るものです
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