張り出された面接予定表に異議が出た。
アルファベット順で行くなら「アランAlain」の次は「アンドレAndré」だというのである。
血相替えてフランソワが乗り込んできた時、オスカルはちょうど不在で、かわってアンドレが苦情を聞く羽目になった。
何で今さらおれがオスカルに面接されなきゃならんのか。
アンドレは馬鹿馬鹿しくて反論する気にもなれず、笑って聞き流した。
だが、「よし、わかった。オスカルに伝えておくよ」 と言うくらいの余裕は持ち合わせていたので、一応会議から戻ってきたオスカルにそのまま伝えた。
てっきり一笑に付すかと思ったが、虚を突かれた表情をしたあとオスカルの長考が始まった。
そこで考え込むのか、と突っ込みたいのをこらえて、アンドレはオスカルが持ち帰った会議の記録に目を通すことにした。
いつもながら要件を的確に書き留めてあり、さすがだと感心する。
近衛隊や外国人部隊の動きも端的に記されている。
この中からダグー大佐に伝えるもの、幹部クラスに伝えるもの、全兵士に伝えるものを分類し3枚の書類にまとめることにした。
ダグー大佐には直接届ける。
幹部クラスにはこのあとの会議でダグー大佐から指示を出してもらう。
全兵士については、本来各班長から伝えさせても良いのだが、オスカルの場合、全員一同に集めて命令するのが常である。
15分くらいで書き上がった。
ふと目を上げるとオスカルがこちらを凝視していた。
「なにか?」
「フランソワの異議申し立てについてだが…」
まだそれを考えていたのか、と驚きつつうなずく。
「もっともな申し出だと思う」
「えっ?!」
「アランの次はアンドレだ」
オスカルは真面目な顔をしている。
しかたない。
アンドレは真面目に答えた。
「今回の面接は1班からで、班内ではアルファベット順ということだ。おれは班には所属していない。だからおれはアランの次には入らない」
明快だった。
「なるほど」
オスカルは納得した。
と思いきや、意外な反論が帰ってきた。
「おまえ、飲み会のときは特例で1班に入れてもらっているのだろう。ならば今回も特例だ」
えっ、飲み会と同じなのか、面接って…。
「それはちょっと…趣旨が違うんではないか?」
アンドレは顔をひきつらせながら意見を述べた。
「本来この面接の目的は、わたしが兵士諸君について知らないことが多い、というのが根底にある。だからひとりひとり対面して話を聞こうというものだ。飲み会もまた、おのおのの人となりを知り親睦を深めるためのものだ。ならば根っこは同じと言って差し支えない」
いや、差し支えだらけだ。
意味不明だ。
脈絡がどうつながっているのかまったく理解できない。
黙り込んだアンドレにオスカルの柳眉が上がった。
「おまえ、嫌なのか?」
嫌だってことがわからないのか、と逆に聞きたい。
だいたい何を聞くというのだ。
知らないことなどないではないか。
強い口調にならないよう、遠慮がちに申し出る。
「いや、その、何を今さらって気がするんだが…」
「そうだ、本来ならおまえがうちに来た時点で面接すべきだったのだ。だが残念ながらあの時は、わたしはまだ子どもでその権限がなかった」
あたりまえだ。
7才の子どもに面接させるお屋敷などあるわけがない。
「だから、たとえ遅ればせでも、今、面接をするのはあながち間違ったことではないように思う」
オスカルの言葉にアンドレが反論しようとした時、乱暴に扉がノックされ、許可も取らずにフランソワが入ってきた。
「隊長、立ち会いに来ましたよ。アンドレは、言った言わないにならないよう俺が書き留めておくってアランに言ったんだよね?そんならアンドレの面接にも立ち会いがいるでしょ?」
この空気の読めなさは天下一品だ。
なにが悲しくてフランソワ立ち会いの下、オスカルに面接される必要があるのか。
聞きたいことがあれば、聞きたい時に聞けばいいのだ。
こんな時間をわざわざ設ける必要がどこにある。
アンドレは黙って扉まで歩いていくと、フランソワにこの場を去るよう目で伝えた。
いかに空気の読めないフランソワでも、隻眼のアンドレににらみつけられれば震え上がるはずだった。
事実、フランソワはアンドレの静かな怒りのオーラを感じ入室した時の明るさがふっとんで、冷や汗をかいている。
「えっと…、ご不要でしたか?」
滑稽なことにいつもとは正反対にオスカルに救いの手を求めてきた。
幸い、オスカルの声は怒っていなかった。
「フランソワ、気持ちはありがたいが、立ち会いは要らん。それよりせっかく来たのだから、予定表通り、おまえの面接を始める。そこに座れ」
そうだ。
アランの次は本当ならフランソワFrancoisだったのだ。
アンドレは我ながら現金だと思いつつ、扉から出ていこうとするフランソワを連れ戻し、指定席に座らせると、自分も席に戻った。
「フランソワ・アルマン」
名前を呼ばれて、フランソワははいと返事をし、顔を上げた。
「最近、腹は減っていないか?」
「あっ、は…はい」
「そうか。兵士の資本は身体だ。体力をつけるためにもしっかり食べるんだぞ」
先の面接でアランが予見したように、いずれ武器を持って戦う時が来る。
その腕前はともかくとして、とにかく体力がなければ話にならない。
細身のフランソワがはたして生き抜けるのか。
もしもほかに食べていく道があるなら、すぐにも除隊させたい体躯である。
「パリでの見回りが続いているが、きつくはないか」
「あっ、はい、大丈夫です。もともとパリ市内なんて庭みたいなもんだから…」
「そうか。パリが庭とはなかなか豪儀だな」
「どこに行けば食えるものがあるか、毎日毎日朝から晩まで走り回ってたんですよ」
時には大きな声では言えない方法も使った。
生きていくため、弟たちを食べさせるため。
弱々しいフランソワの目に強い光が宿る。
「剣の稽古はどうだ?」
「うーん…、才能ないです」
あっさり言い切られてオスカルが落胆する様子がアンドレには少し可笑しい。
「なんていうか…、もっと銃の稽古したいです」
「ほう…」
俄然オスカルが生き生きとしてくる。
「理由は?」
「銃は、相手と直接当たらなくて良いから、体力とか体格とか、そんなのにかかわらず技術でいける」
「そのとおりだ」
「だけど、銃はあんまり稽古すると、弾がもったいないってダグー大佐に怒られるんですよ」
銃弾には金がかかる。
だから無制限に練習とはいかない。
それに比べて剣の稽古はただである。
必定、軍隊では下っ端ほど剣の稽古が優先されるのだ。
だが、これでは命は守れない。
そして兵士の命が守れなければ、国民の命も守れるはずがないのである。
フランスという国の、国家というものの虚しさがこんなにも明瞭に提示されているにもかかわらず、オスカルにはなすすべがなかった。
休暇はどんな風に過ごすのか、親は元気か、などと細やかに聞いてやり、アンドレの面接の立ち会いに来たなどという当初の目論見をすっかり忘れた頃、アンドレが20分経過したと告げた。
フランソワがホッとしたように、それでいて少し残念そうに立ち上がった。
オスカルはご苦労だったなとねぎらった。
フランソワは一礼して退出した。
自席からフランソワを見送って、アンドレは苦笑いしつつオスカルに視線を向けた。
「まったく、何が立ち会いだ…」
だがオスカルは笑っていなかった。
「おまえの面接も忘れてはいないぞ」
「本気か?」
「あたりまえだ」
「いったい何を聞きたいんだ?」
「…」
オスカルは口をつぐんだ。
面と向かって聞かれれば、特に聞きたいことがあるとも思えない。
何でも知っているはずだった。
それでも、何か聞きたい。
「今晩、帰ってから面接だ。それまでに何を聞くか考えておく」
やはり意味不明だった。
だがオスカルがやると言ったらやるのだろう。
「ちょっと確認したいのだが…」
アンドレはためらいながら言葉をついだ。
「おれの面接って、衛兵隊として?それともお屋敷に来た時のやり直し?」
「もちろん屋敷に来た時のだ。衛兵隊としての面接など、今さら必要ない」
「ということは、もしここで態度が悪かったら、お屋敷をクビになったりするわけ?」
「え?」
「いや、屋敷に来た時のっていうなら、採用・不採用の面接だろう?なら不採用もあるのかな…と」
「まさか!それはない」
オスカルはきっぱりと言い放った。
アンドレは破顔し、それならつきあうよ、とひとりごとのようにつぶやいた。
※ このお話も第1部の「パリ巡回」前後に入るものです
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