姉  妹  U

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その手紙の文字は、まだ幾分幼く、大きさにムラがあり、いかにも書き手が初心者であることを示していた。
1ヶ月前亡きマロン・グラッセの部屋を片付けようとしてチェストの中に手紙の束を見つけた。
そのときはアンドレが祖母にあてて書いたものを読んだ。
そして、今日時間のできたオスカルは、1人で朝からこの部屋に来ると、あらためて他の封筒を取り出してみたのである。
アンドレの書いたものに比べてはるかに高級な紙を使用している。
封筒の差出人は、ジョゼフィーヌであった。
これはまた面白い。
幼い姉がばあやにあてて、どんなことを書いたのか。
興味津々で、オスカルはばあや愛用の揺り椅子に腰掛けた。

まずは差出人名の上に記された日付けを確認する。
1761年12月25日となっていた。
オスカル6才の誕生日だ。
ということはジョゼフィーヌは8才。
筆跡の幼さが納得できた。
いや、認めたくはないが、その年齢にしてはかなりしっかりと書けているほうだ。
署名もきっちりと書かれていて読みやすい。
勝ち気な姉が一所懸命字の練習をしていた風景が蘇った。
オスカルにとっては生まれながらの天敵だが、実は気質がよく似ている。
真面目で融通が利かないところ、負けず嫌いなところなど、アンドレが来るまで、オスカルの遊び相手はいつもこの姉が努めていたが、遊び相手というよりはけんか相手というほうがよほどしっくり来る関係だった。

早速オスカルは本文に目を通した。
それほど長いものではない。
すぐに読み終えた。
そして手紙をサイドテーブルに放り投げた。
なんだ、これは…!
とんでもない内容だった。
読むに耐えない。
揺り椅子の肘掛けを両手で強く叩いて立ち上がった。
だが再び手紙を手に取った。
腹は立つが、心にかかる。
なぜなら中身が完全にオスカルに関することだったからである。


親愛なるマロン・グラッセさま

今日はオスカルの誕生日です。
お母さまに、オスカルを祝福してあげてと言われました。
わたしの妹だからだそうです。
でも、お父さまはオスカルを男だとおっしゃいます。
ならばオスカルはわたしの弟です。
オスカルは妹ですか。
それとも弟ですか。
わからないので、お姉さまたちに聞いてみました。
マリー・アンヌお姉さまはこう言われました。
「オスカルは妹だけど、ジャルジェ家のために弟として育っているの。だから弟として接してあげなければならないのよ」
お嫁入りの仕度でお忙しそうだったので、それ以上聞きませんでした。
次にクロティルドお姉さまに聞きました。
お返事はこうでした。
「わたくしはもちろん妹だと思っているわ。でも本人が男だと言うのだから、弟として扱ってあげないとね。でないとあの子、ご機嫌が悪くなるでしょう?」
そう言ってとても美しい声でお笑いになりました。
オルタンスお姉さまは首をかしげてしばらくお考えになりました。
「そうねえ、どっちなのかしら…?オスカルの希望の通りでいいんじゃないかと思うけど」
「では弟ですか?」とお尋ねすると「そういうことかしらねえ。でもどっちでもいいじゃない?どっちでもかわいいんだから」ですって。
オルタンスお姉さまはきっとわからないんだと思います。
カトリーヌお姉さまは、わたしとお年も近くて一番お話ししやすいので少し長く聞くことができました。
「オスカルはかわいそう。わたしたちと同じようにお人形で遊びたかったでしょうに、お父さまはお誕生日のお祝いに剣を渡されたのよ。オスカルは明日から剣の稽古をしなくてはいけないの。女の子なのにね。お父さまが男だと決めてしまったの」
そう言ってハンケチで涙をぬぐわれました。
お母さまはには聞けませんでした。
聞いてはいけないような気がしたからです。
そこでばあやに聞くことにします。
ばあやはどう思いますか。
お返事待っています。

                                   ジョゼフィーヌより





オスカル6才の誕生日ということは、マリー・アンヌ16才、クロティルド14才、オルタンス12才、カトリーヌ10才である。
マリー・アンヌはこのあと年明けてすぐに公爵家に嫁いでいった。
それからまもなくアンドレが引き取られてきた。
クロティルドがバルトリ侯爵と結婚したのはそのあとだ。
あの頃、姉上たちがオスカルのことをどう見ていたのかを、30年もたって、はからずも知る形になったわけである。
一応、皆、オスカルが本当は女だという認識はあったようだ。
けれど男として接していた。
その理由は人それぞれに違っている。
マリー・アンヌはジャルジェ家のため、クロティルドは本人がそう信じているから、オルタンスはよくわからないので本人の希望通りに、そしてカトリーヌは父のせいで…。
なんともよくわかる話だ。
個性あふれる回答だ。
オスカルはあらためて手紙を読み返し、妙に感心した。
自分自身は、完全に男と思っていた頃の話だ。

いったいばあやはどんな返事を書いたのだろう。
「オスカルさまはお嬢さまでございます!」と書いたのか。
アンドレが、「お嬢さまの遊び相手と思ってきたのに」と散々こぼしていたことからも、ばあやがいついかなるときもオスカルをお嬢さまとして育てていたことが明らかだ。
そういうあたり、ジャルジェ家において、唯一将軍に異を唱えていた強者がばあやだった。
オスカルは、ふたたびチェストの引き出しをのぞき、ジョゼフィーヌの筆跡を探した。
予想通り、今取り出した手紙のすぐ下から同じ封筒が出てきた。

親愛なるマロン・グラッセさま

お返事ありがとう。
ばあやの答は一番はっきりしていてわかりやすかったです。
オスカルは生まれた時からずっと女の子で、男だったことは一度もない。
誰が何と言おうと女の子。
何を着ても何をしても、女の子。
ばあやはそういう意見なのですね。
よくわかりました。
でもわたしは、ちょっと違うと思います。
だってオスカルには女の子らしいところがひとつもないし、自分でも女だと思っていないし、それに女であるわたしを馬鹿にしています。
跡継ぎの自分が一番えらいと思っているの。
そんなオスカルが女の子だとは思えません。
女の子だったら女の子を下に見たりはしません。
わたしはオスカルに下に見られないよう、色んなことをオスカルに負けないようにがんばるつもりです。
お勉強も、ダンスも、お作法も、そしてもしオスカルがするというなら、剣も上手になります。
そしてオスカルが女であるわたしをを下に見るのをやめたら、オスカルを女と認めてあげます。
ばあやの意見と違ってごめんなさい。

                                   ジョゼフィーヌより



オスカルはうなった。
さすが、ジョゼ姉。
あのとき、こんなに風に考えていたのだとは…。
剣の稽古を始めたオスカルに張り合い、父から剣をもらって練習していた。
しばらくは体力差もあり優勢だったが、やがてオスカルに歯が立たなくなって放棄した。
そしてことあるごとに自分にけんかをふっかけてきた。
なんと嫌な奴だと思ったものだ。
だが原因は自分にあったのだ。
姉を、女を下に見ている…
きつい一言だった。
次期当主たる自分は、姉たちとは違う。
誇り高きジャルジェ家のすべてを相続する努めを持つ以上、最年少とはいえ、一族内での席次は父に次ぐものであり、姉たちはその下に連なる。
まして姉妹で一番末席に座るジョゼ姉に対しては、敬意など持つはずもなく、ただ年長者として言葉だけ丁寧にするよう心がけたに過ぎない。
そういうオスカルの姿勢をジョゼフィーヌは喝破していたのだ。
オスカルは2通の手紙を丁寧にたたみ、それぞれの封筒に戻した。
そして引き出しに閉まって部屋を出ようとした時、アンドレに呼び止められた。
「オスカル、奥さまがお見えだ」
将軍が亡命を拒否したため、マリー・アンヌやジョゼフィーヌたちとともに出国することをあきらめ、ひとりバルトリ家に滞在中のジャルジェ夫人の来訪だった。


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